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探偵と妖怪  作者: 相模曹壱
第2章 立野山の三年
14/23

2学期に入って

 9月の始め、2学期がついに始まった。 

放課後の学校は音が消える。だが、耳を澄ませば音が聞こえてくる。それは教室に残る生徒達の声や、吹奏楽部のトランペットの音色だ。ここ県立立野高校も同じ風景だった。だが、ある生徒は非日常へと足を踏み入れていた。

 ここは小会議室。

午後特有の紅い日の光が、教室の中を照らしている。その教室に2人の人物が居た。

「先生、どうしてここに呼んだのですか。」僕はそう言うと、先生―佐川(さかわ)京子(きょうこ)―は言った。

「今回は個人的な依頼だが、文化祭は十分注意してくれ。嫌な予感がする。だから、君に警戒を頼みたい。」そう言って、先生は僕の瞳を覗き込んだ。黄金色の瞳には、縋る様な思いが滲み出ている。「有馬君、引き受けてくれるか?」僕―有馬(ありま)忠義(ただよし)―は、はっきりと肯定した。「分かりました。最善を尽くします。」

同日 1800 山城邸

 「忠義、何か考え事か。」僕はその声で、目の前に意識を向ける。ここは僕の下宿先である古民家の一室だ。目の前に居る少女―龍田七海―は青の瞳を僕に向けている。「ちょっとした考え事をしていた。」

 僕はそう言って目を逸らす。だが、彼女はそれを許さない。両頬に手を添えられ、向き直らされる。「貴方は嘘をつく時、指を掻き毟る癖がある。今それをしていた。本当の事を話してくれ。」彼女の声は何所か氷の様に冷たく、それでいて母性を感じさせる穏やかな物だった。

 彼女は続けて言った。「それに、将来的には結婚するのだから。今、慣れておかないといけないよ。」僕は1つ、溜息を吐いた。

 確かに、七海とは婚約者兼護衛の関係に成った。原因は、2つの出来事だろう。1つ目の出来事は、6か月前のある依頼だった。それである事を開花させた。それは霊術を行使する事。僕に発現したのは、針を召喚する術だった。そして、5月の始めに2つ目の出来事が起きた。それは僕が鬼と死闘を行った事だった。とは言え、それは自業自得の様な物だ。

その結果が、この身体だった。半人半妖と化した体躯は人外に成ってしまった。それ目当てに多くの組織が結託している。

脅威は事前に排除されているが、予断を許さない情勢だった。

 七海が僕の右腕に触れる。一見すると、ただの人間の腕だ。だが、この下は妖怪の血肉だ。震える声で、僕の目を見据えて言った。「君はもう少し他の人を頼った方が良い。…お願いだから、独り善がりな行動をしないでくれ。」

 七海はそう言って、更に強く手を握り締めてきた。僕は左手で彼女の頭をなでる。紅葉色の混じる黒髪は、サラサラとした感覚だった。「分かっている、もう無茶はしない。」そう言うと、七海は小指を絡ませた。そして言ってきたのだ。「じゃあ、指きり拳万嘘吐いたら針千本吞ます。」最後は息をそろえて。「「指きった。」」

 2学期が始まって3日が過ぎた。

未だに暑い日が続くものの、直ぐ近くに有るハイキングコースからはヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。

 教室の中はかなり人がいる。彼らの話題は、転入生だった。目を閉じ、耳を澄ませていると男子達の声がよく聞こえた。ここは2年4組の教室である。

「1年生だろ、確か双子の兄弟じゃなかったか。」「いや、2年生の生徒だった筈。片方が女子でもう片方が男子だった筈だが。」

「東雲貞夫と東雲洋子だった様な、そうでない様な。」

東雲か、随分と珍しい名前である。そう思っていると、冷やりとした感触が左頬に押し付けられた。僕は目を開ける。

 七海の目が、僕の顔を覗き込んでいた。左手に持っていたのは、凍ったペットボトルである。恐らくそれを当てたのだろうと思った。

 しかし、七海の右腕は僕の方に伸びている。まさかと思い、左手でそれに触れる。柔らかく温かいそれは、間違いなく七海の右手だった。「そんな体勢で寝ていたら、身体を痛めるよ。」

そう言った後、七海は右手で僕の髪に触れる。逆に眠たくなってきた。

 意識を落とそうとすると、不意に空気がざわついた。「すみません。ここに有馬忠義と言う方は居ませんか。」視線を上げると、そこには同学年の生徒が2人いた。似たような顔立ちをしている。2人は血縁関係で間違いない。

 僕はぼんやりとした頭で対応する。「僕が有馬だけど、君達何か用。」言いながら近づいて行くと、転入生らしき人物は頭を下げた。「放課後、体育館裏まで来てくれませんか?話したい事がある。」「分かった。だが、何故そこで話さなければならない。」

疑問を無視して言うと、今度は女子の方が言った。「人に聞かれては、不味い事に成りますから。」

 1時間目が始まって、6時間目が終わるまでずっと考え続けていたのか、時間が過ぎるのが早く、あっという間に放課後になった。

♢ 

「何故もう1人居るのですか。」それは体育館裏まで着いた時、あの時の女子生徒が言った。

 今この場には4人いる。僕と七海、そして女子生徒と男子生徒である。女子生徒と龍田との間に火花が散っているように見えるが、きっと気のせいだろう。「落ち着け。ここで争っても今後の学校生活に響くだけだ。」男子生徒の方が女子生徒を宥めている。僕の方も七海を宥め様としたが、「黙ってください。」の一言で切り捨てられた。2人が火花を散らしている為、中々話す事が出来ない。僕は彼に質問した。「君は何者だ。」男子生徒は答えた。「日本術師協会所属。さとり妖怪の東雲貞夫だ。隣に居るのは、妹の洋子だ。同じく協会に所属している。今回君たちに仕事の依頼をするためにここに来た。」彼―貞夫は内容を喋る。「時間が無いから単刀直入に言うぞ。東京が燃える。」それは正に衝撃だった。「千山機関を始めとした諸霊術、魔術組織が動いている。このまま見過ごしていれば、間違いなくこの国は滅びる。この為、貴殿らにも協力をお願いしたい。報酬は1人当たり100万円を予定している。」

 僕はガラケーを取り出し、ある場所に電話を掛けた。[もしもし、こちら佐川探偵事務所です。御用件をお伝えください。]

電話に出たのは、運が良い事に所長―佐川涼子―だった。

「所長でしたか、僕です、有馬忠義です。早急に調べてほしい物がありまして。東京周辺の人の出入り、及び物流の直近1ヵ月のデータです。」[何故、それを調べる必要がある。]

「このままいけば、東京は火の海です。僕もつい先ほど知りましたが、なんでも千山機関等が結託してそれをやろうとしているとの事です。」[なんだと、それは本当か?]

「調査をしない事には分かりませんが、信憑性は高いかと。」僕はそう言った後、電話を切る。「これ位しかできないが、大丈夫か。」男子生徒は僕の手を握り締めながら言った。「有難う、本当に有難う。」

 なお、数分もそうしていた為に七海が怒ったのは蛇足である。

佐川探偵事務所 地下3階 会議室。

 「で、今回の依頼は。」田中先輩の声が室内に反響する。ここは佐川探偵事務所の地下にある会議室だ。ここにいるのは所長、田中先輩、七海、蕨田、僕、東雲兄妹だ。地下会議室は核シェルターも兼ねており、堅牢な構造に成っている。所長曰く、80㎝列車砲の徹甲弾を受けても大丈夫らしい。「今回の依頼は、失敗したら我々の住処が消える。」その声に反応したのは田中先輩を含む全員だった。「家が消えるって本当か?そもそも、今回の依頼内容は?」

 「東京の防衛。日本術師協会からの正式な依頼だ。

報酬は1人当たり100万円だ。更に、守った民間人の数に応じて更に追加で報酬も渡される。詳細な時期は分からないが、来月頃に連中が本格的に動く為、今月末には東京についていなければならない。以上だ。」所長の簡潔な説明で、音が無くなった。田中先輩は言う。「失敗する訳無い。そうだろ?」七海が、唐突にガラケーを取り出した。考えがあるらしい。「すみません、ちょっと友人と連絡を取ります。」そう言った後、部屋を出て行った龍田。

 数分後、どうやら友人に連絡が取れたらしい。「皆さん、嬉しいお知らせがあります。私の友人たちが今回の東京防衛を全面的にバックアップしてくれるとの事です。」「そのバックアップとは?」そう言ったのは、昨日派遣された転入生―東雲貞夫―だった。

 龍田はにやり、と笑うとこう言った。「なに、ちょっとした武器支援ですよ。ラハティL39やVz58、ドラグノフ狙撃銃、ボフォース社製機関砲など各種兵器を供給できるとの事です。海上からの支援砲撃も確約してくれました。空母機動部隊からの航空攻撃も要請可能です。大陸に居た列車砲部隊も順次本土に入っています。」

 全員の口から変な声が出た。カイジョウカラノホウゲキシエン。意味を完全に理解した時、田中先輩は表情をひきつらせた。「おいおい、流石にやりすぎじゃないか。」それに続く様に言ったのは、同じく転入生の東雲洋子だ。「そもそも、貴方人間なの?」

 それに僕は代わりに答える。「七海は付喪神で、天龍型軽巡洋艦2番艦“龍田”が本体だ。何かほかに質問があれば、僕が代わりに答えよう。」

 東雲洋子は納得していた。そう言えば、何人の術師が今回の依頼を受けたのだろうか。「所長、今回の依頼に何名の術師が参加しますか。」所長に言うと、恐らく、と前置きして話し始めた。

「500人前後は参加すると思う。だけど、この人数では東京全域は守りきれない。それに、霊力のバランスが崩れて魔物が現れる恐れもある。そうなって来ると、500人そこいらでは厳しいだろう。」最も、国外から来てくれれば有り難いが、と付け加えた。「それで有れば、僕に考えがあります。」

―東京防衛戦まで、残り1ヵ月。


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