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探偵と妖怪  作者: 相模曹壱
第2章 立野山の三年
13/23

異世界にて

 次に目を覚ました時、天井の色は茜色に染まっていた。想像以上に寝入っていたらしい。

「起きたか、少年。」その声が放たれた方を見ると、1人の女性が見えた。灰色と褐色混じった髪を短く切り揃え、左側頭部に菫花の髪飾りを付けている。瞳の色は黄金色で、何所か精悍さが感じられた。作務衣の様な服の上に、魔術師が纏うような薄灰色のローブを着ていた。

 彼女が僕の事を助けたのだろう。僕は布団から上体を起こし、言った。

「助けていただき有難うございます。あのままで有れば、僕は間違いなく死んでいたでしょう。」

そう言って頭を下げる。

 彼女はこう言ってきた。「いや、当り前の事をしただけだよ。感謝されるいわれはない。君は血まみれの状態で泉の畔に倒れていた。一目で異常だと分かったから傷を治したまで。所で、名前は。」

 僕は率直に名乗った。「有馬忠義です。名の方が忠義で、氏の方が有馬です。」そう言うと、女性は納得したような表情を浮かべた。「ああ、だからあの様な服を着ていたのか。顔立ちも南の民に似ていたからね。すまない、名前がまだだったね。

私はイリーナ。イリーナ・アイゼンバークだ。イーラと呼んでくれ。堅苦しい言葉は使わなくて良い。」そう言って手を差し出してきた彼女―イーラ―の顔は、何所か晴れやかな笑みを湛えていた。

 それから2日後、僕は完全に回復した。今ではすっかり動けるようになっている。イーラ曰く、あの傷が僅か2日で治るとは思わなかったそうだ。

 それを聞いた時に分かった事がある。それは、僕が純粋な人間ではなくなっている事だ。田中先輩が居ればこう言っただろう。半人半妖と。

その理由について詳しく知ったのは、2日前の事である。将棋盤を挟んで、目の前に烏天狗がいた。

あの時に出会った僕の妖怪としての人格”忠正”である。

彼は将棋を指しながら様々な事を話してくれた。僕の先祖に鞍馬山の烏天狗がいる事。そして、あの鬼との死闘を経て妖怪としての部分が完全に覚醒した事。更に、その妖怪としての人格が彼だと言う事も。

「忠義、言いたい事がある。」僕は忠正の言葉を黙って聞いた。

「俺とお前の魂は妖怪と人間の混成の様に成っている。

そして、この身体が異常なまでのマナを内包しているそうだ。

ちなみにだが、マナ=霊力で間違いない。

恐らくだが、この世界と地球世界が融合する為の下準備だろう。」

 そう言う事か。だが、何故その様な事が起こるのか。

皆目見当もつかない。マナの量が異常と言う事は薄々感じていたが、はっきり言われると傷つく。

「忠義、ここからが重要だ。霊力は魂から紡ぎだされる力だ。

その為に、1日に使える霊力は限られてくる。その霊力はどこからくると思う?」

 忠正の問いに対し、必死に考える。それは無意識の内に声に成っていた。「根源からくる何かが、魂で霊力に変質する。それが変質する量は限られ、1日に使える量になる。と言う事なのだろうか。」忠正の返事が頭に響いた。「完璧だな。正にその通りだ。その何かは人間に有害だから、霊力と言う安全な物に変化させて使っている。しかし、俺達の場合は違う。無害化される前のそれを使って術を発動させる。これは妖怪も同じだ。俺達の場合は人間だったから、身体が変化した。そう考えている。半人半妖に成ったのも、恐らくそれに対応する為だ。それの術に変換する効率もいいから、妖怪が大出力の霊術を使えるのもこのおかげだ。」

 僕は納得した。「もうそろそろ起きろ。今日は忙しくなるぞ。」忠正の念を受け、僕は一度意識を落とす。

 気が付くと、あの家の中に居た。布団の上に寝転がり、天井を見ている。だが、起きなければ。被せられた毛布を避け、身体を伸ばす。「おはよう、アリマ。君に説明する事が出来た。朝食が終わったら、応接間に来てくれ。」そう言ってきたのは、イーラだった。彼女の服装は昨日とは違っていた。作務衣の様な服は、シャツとズボンに変わっている。

 朝食を取った後、応接間に案内された。

 またイーラ曰く、僕はマナを一切所有しておらず、代わりに別の力を使い、魔術―この世界における霊術―を発動させている様だ。その力はこの世界の魔が用いる力と同じらしい。

 その事がイーラの興味を引いたようだ。彼女の手には注射器があり、それで血を取ると言う。僕は左腕を差し出した。そこに容赦なく針を刺すイーラ。採血は数秒で終わり、ガーゼを押しあてられる。彼女は注射器の血をフラスコに移し、1滴、緑色の液体を加えた。その後即ふたを閉め、暗冷室に仕舞う。

「結果が出るまで時間はある。雑談でもして過ごそう。」

 僕はその声にげんなりした。だが、そうなってもイーラからの質問は容赦なく来るだろう。「では、改めて。君の名前は。」

 僕はすらすらと答える。「有馬忠義。」「職業は。」「学生兼術師です。ちなみに、純粋な人間ではありません。」「一切そのようには見えないが、証拠は。」「分かりました。忠正。」僕がそう言うと、体が動かなくなる。

 それと同時に、左腕が烏の様になった。「…、分かった。有難う。」イーラはそう言って、こめかみを抑えている。

 僕は、術師に関する説明を行った。「術師は、この世界での魔術師に近いと思います。」彼女は、ん?と言って首を傾げている。「この世界?君はこの世界の人間ではないと言うのかい?」

そう質問してくる。僕はそれを肯定した。「はい、僕はこの世界の人間ではありません。地球と言う異世界から来ました。」

 直ぐにばれるから、全て話す。それから、色々な事を話した。

地球の術師達はどの様に生活しているのか、僕の師匠の話し等。

 更に、恋愛に関する事も聞かれた。何所の世界においても、女性は恋話が大好物らしい。「婚約者がいます。同い年です。」「へえ、婚約者…え!君婚約者居るの!全然そういう風には見えないけど…。所で君何歳?20?」イーラはそう言って僕の顔をのぞき見る。「年齢は今年で17に成ります。ちなみにですが、婚約者は付喪神です。」ツクモガミ?と反芻し、首をかしげる。「それは何だ?」僕は付喪神に付いて説明した。「付喪神とは、物が自我を持って自発的に行動する存在です。物が100年の後、付喪神に覚醒すると言われています。ですが、師匠からは人に襲い掛かる存在だと聞いていました。龍田―婚約者の場合は特異的な存在だと師匠は言っていましたよ。」「…君の話を聞いている限り、それは怨霊の様なものかもな。私の所にも、霊を祓えと言う依頼が来る事もある。友好的なモノも居る、と知人から言われた事は在るが…。」彼女はじっと考え始めた。数秒後、イーラは口を開いた。「次来た時は、ぜひそのタツタを連れて来てくれ。詳しく調べたくなってきた。それからだが、異世界の魔術も教えてくれ。興味が湧いた。」

 そして始まったのは知識交換だった。「僕の世界の霊術―そちらで言う所の魔術―は、大きく2つに分けられます。霊術と妖術です。」イーラはそれに喰いついて来た。「霊術は何となく分かるが、妖術は何だ。」僕は妖術に付いて説明した。「妖術は人外が使う物です。人間の場合だと、代償は人間である部分の消失。1回目はまだ何とかなるのですが、2回目からは廃人になって死にます。僕の場合は、少々特殊でした。」そう言いながら、右腕をカツカツと叩く。「一生に一度しか使えない術。それが、妖術なのか。」イーラはそう言った後、違和感に気付く。「では、何故君は2回使えたのか。」僕は持論を話した。

「恐らくですが、僕の先祖に妖怪がいたからだと思います。多少妖怪の血が混じっている訳ですから、魂魄に及ぶ影響が肉体の変質に成り変わった。この様に考えています。実際、妖怪としての人格も僕の中に存在します。忠正。話してくれ。」

(応。だが、忠義は眠っていろ。この頭では死にかねん。)

忠正が念を送って来る。僕はそれに肯定し、意識を落とした。

 意識が浮上した時、僕の体は布団の上に寝かされていた。

「アーゼンバークさん。」

「気が付いたか。」

そう言ってこちらを見たアーゼンバークさんは、険しい表情をこちらに向けていた。

「すまないが、君は本当に純粋な人間なのかい。」

その問いかけに、僕は目を伏せた。

 「それが、僕にもよくわからないんです。」

そう言った後、僕は手をじっと見た。間違いなく人の手である。

だが、その皮に包まれた内側には間違いなく妖怪としての血肉が存在しているのだろう。

「不安になるな。アリマ。」

「アーゼンバークさん。」

アーゼンバークさんは僕の目を見て言った。

「君は純粋な人間ではなくなってしまったのかもしれない。だけど、君は人間だよ。」

僕はその言葉を信じることにした。

 それから5日後、僕は泉の近くに来ていた。「アリマ、もう行ってしまうのか。もう少し居ても良いが。」イーラはそう言って残念そうな表情を浮かべている。時刻は丁度午前2時半だった。

「はい。短い間でしたが、有難うございました。」そう言った後、僕は深々と頭を下げる。

 あの後、僕は元居た世界に戻らなければならない旨を伝えた。

イーラは少し時間をくれと言った後、3日は自室から出てこなかった。そして、それを持って部屋から出てきた。

 それが今身に付けている服と物だ。白いカッターシャツに黒のズボン。薄灰色のローブに三角帽。手には箒を持ち、腰のホルスターには短い杖がある。

 泉の方に向き直り、すぐ傍まで歩く。そして、水面を覗いた。

そこに映っていたのは、あの立野大橋の今の様子だった。1人の少女が、誰かを待つように佇んでいる。

その少女は龍田七海だった。龍田は確信しているかの様に、こちらを見つめている。

 僕は泉に飛びこんだ。深く沈んでゆく自らの体躯は、鉛の様に重たく感じられた。水底から見える月は満月だ。水面が揺らぐと、月も揺らぐ。そう言えば、あの夜も満月だったのだろうか。ぼんやりと考えていると、不意に視界が反転した。沈んでいく筈の体が急速に水面に向かって行く。

 そして、水面から勢いよく飛び出した。そこはあの立野ダム。高さは立野大橋を遥かに超え、立野山城跡が見えるほどだった。

 橋の上には、1人の人間―いや付喪神がいた。龍田が驚きのあまり固まっている。

 僕は龍田の前に降り立つと、元気よく言った。「ただいま!」

 彼女―龍田は僕に抱きついて来た。その直後、恥じも外見も無く大声をあげて泣き始めた。「もうどこにも行かないで!お願いだから!」嗚咽で途切れ途切れに成りながら放った言葉は、彼女の心情をそのまま表しているかのようだった。そっと背を撫で続ける。

「龍田。」

僕は穏やかに声をかける。

嗚咽を漏らしながら、こちらを見る龍田。泣きはらした目元を見て、僕は少し動揺した。

 だけど言わなければならない。

少し躊躇しながらも口を開く。「お前の事、七海、と呼んでいいかい。」

七海は首を縦に振った。

「じゃあ、貴方、と呼ばせて。」

龍田が消え入りそうな細い声でそういう。

 僕はそれを受け入れた。そのとたんに再び泣き始める七海。

背中に手を回してなでていると、不意に龍田が静かに成った。顔を見ると、どうやら寝ているらしい。

どうやって帰ろうかと考えていると、それが目に入った。

箒だ。

 そうか、これを使えば良いのか。あの世界で得た物は、早速使う機会がやってきたようだ。龍田を縄で身体に縛り付けた後箒に乗る。それに妖力を流すと、ふわりと浮いた。それを操り下宿先まで飛ぶ。

 星空の下、高度10メートル未満での飛行。この経験は、後に役立つことになる。しかし、この時の僕は知る由もなかった。

同年6月13日 0900 佐川探偵事務所

 翌日、僕はある場所に呼び出されていた。「有馬君。君が今回起した騒動は非常に大きな影響を与えた。よって、1カ月の減給処分とする。次からは気を付ける様に。」そう言ったのは、僕のバイト先である“佐川探偵事務所”の所長である佐川涼子だった。ここは佐川探偵事務所の応接室。この場には僕含めて6人いる。

 一番近い席から順に“龍田七海”“蕨田譲““田中弘治”“佐川京子”“佐川涼子”の順だ。

 今回何故この様な集まりが行われたのかと言うと、完全に僕の独断行動の責任追及である。1人で勝手に動いて2週間音信不通。当然の結果だろう。まず会社である為、例え非正規社員だったとしても報告、連絡、相談のホウレンソウは徹底するべきであり、それを怠った責任。

 今回はまだ軽くはあるものの、次からはこうも行かない。「なあ、弁明しなくて良かったのか。」そう小声で話しかけてきたのは、田中弘治(田中先輩)だった。あの時電話で話していた人物である。彼はその無精髭を撫でながら、色々考えているらしい。「ああ、下手な事を言えば更に面倒な事に成る。だから事実を認めるしかない。」そう言うと、彼は納得できない微妙な表情を浮かべた。

 その後はそれぞれの家に戻っていく。あの一軒以来、下宿先の雰囲気にも慣れ、龍田とは前以上に親しくなった。今日は定休日で、集まったのは僕の処分を決める為だった。

 さて、明日から学校だ。この1カ月の間、進んだ範囲は広いだろう。今は6月の中頃だから、中間試験も随分前に終わった筈だ。期末試験で全てを取り返そう。

 そして、6月の終わり頃。ついに始まった1学期期末試験。

それぞれが積み重ねてきた努力が、ここで暗明を分ける。

 僕は必死に勉強した。ノートを書き写してもらい、テキスト類は全て反復練習。更に七海にも手伝って貰い、必死に対策をした。今回の試験で全教科80点以下であれば補習は確定。

 それだけは何としても避けなければならない。鉛筆を握りしめ、試験を始めた。だが、思っていたよりも難しくは無かった。逆に簡単だったのである。その事に拍子抜けしながら、試験期間中を過ごした。試験が終わって、2日が過ぎ、試験が返却される。結果は全科目85点以上だった。これで一安心である。なお3者面談で渡された成績簿に、赤丸は付いていなかった。

 要は欠点の回避には成功したのである。

 その後、終業式があり(3者面談から約1週間あったので、その間に夏休みの課題を全て終わらせた。)夏休みに入った。

クラスメイト達は海に行こう等言っているが、僕には関係の無い話である。

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