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前日譚1

少年は一人、夜道をかける。

雨の降りしきる中、傘もささず、ただ無我夢中に走っていた。

時折アスファルトに爪先をとられるが、その理由は足元に有った。その足に履かれていたのは草履だった。

何かしら突発的な理由でもって、この少年は外出しているのだろう。

 事実、この少年は家出をして走っていたのである。

むしゃくしゃとしたやり場のない感情が彼の中で一気にあふれ、その衝動で走っていた。

 その少年はしばらくすると、疲れ果てたのか座り込んでしまった。背を預けたのは緑の金網で、それを挟んだ向こう側には水路が有った。近くには鉄道が走っており、すぐそばには駅の改札も見える。

 少年は顔を膝にうずめてじっとしている。

 その背後から迫る影にも気が付けずに。

 水面から延びた、緑色で、ぬめりを帯びたその手が少年の首を掴もうとしたその時。

「少年、大丈夫かい。」

いつの間にかその少年の目の前に立っていた人物が、傘を片手にそう話しかけた。

 少年の後ろにいる妖怪―河童だろうか―に向けられた、凍てついた視線に、妖怪は恐れをなしたのか、暗い水路の底に消えていった。

その人物の声は女性的だった。少年は顔を上げて、声をかけてきた人物を見る。

こげ茶色の髪を短く切り揃えており、青紫色の虹彩という珍しい特徴を持つ人物は、その身をかがめて少年と目線を合わせようとした。

 鳶色と青紫の視線が交錯する。

数秒ほど目線を合わせると、女性の方が先に口を開いた。

「君、若しかしなくても家出かい。」

「悪かったですね、家出少年で。」

 その答えが面白かったのか、女性はクスリと笑って言う。

「警察呼ぼうか。」

「お好きにどうぞ。もう頭は十分冷えましたから。」

 そうして、その少年は警察に無事に保護され、両親や兄からこっぴどく叱られた。

僕は窓の外を眺める。朝方特有の日の光が、教室を淡く照らしている。ここはある県立中学の教室だ。

傍から見たら、不真面目そうな雰囲気を放っているだろう。

通学鞄から教本やら、ノーとやらを取り出して机の中に入れていく。

僕にしては珍しく、随分早くに起きてそのまま登校した。

だから、周りからは珍獣か何かを見るような感じだった。

「有馬、お前随分珍しいな。」

「志岐先輩、おはようございます。」

 現、こうして教室に現れた上級生にも珍しがられている。

声をかけてきたのは、志岐先輩こと志岐義男だ。彼は2年の生徒であり、1年生の教室に居ることは不自然であった。

しかし、彼は授業とその間の休み時間以外は、他学年のフロアや教室の前にいる。彼曰く、同学年の人とは軋轢があるらしく、休み時間中は殆ど教室にいれないという。

特徴的だったのは、彼の虹彩の色合いだった。髪の色合いは煤の様に艶がない黒だったが、その虹彩は太陽の様に赤いのだ。当人曰く、これは両親の影響があるとのことだが、真相は不明である。

「そう言えば、有馬。」

先輩が、何かを思い出したようにそう言った。

「今日付けで、お前の担任、変わるらしいぞ。」

「え、本当ですか。」

僕は驚いて志岐先輩の顔を見る。

「今朝、職員室が騒がしかった、それで盗み聞きしていた。」

「大丈夫ですか、それ。先生にばれたらまずいのでは。」

僕がそう言うと、先輩は手をひらひらとふって答えた。

「ばれないようにしているから問題ないよ。

有馬君に幸運が舞い降りることを祈るよ。」

そう言った後、先輩は用事を思い出したらしく、それじゃ、と声をかけてから足早に教室を後にした。

少しして、朝礼が始まると同時に入って来た教員の姿を見て、あッ、と声を漏らした。

 なぜなら、その人物とは数か月前に印象的な出会いをしたからである。

こげ茶色の髪を肩のあたりまで伸ばした、青紫色の虹彩を持つ、少しばかり背の低い女性であったためだ。

 あの日、傘を差しだした女性と同一人物だろうと考えていると、前の方から声が聞こえてきた。

「昨日だが、このクラスを担当しておられた先生が、交通事故に遭われ、意識不明の重体となった。その為、本日から担当教員復帰までこのクラスを担当する事に成った”佐川京子”だ。よろしく頼む。

 ああそれから、有馬君には少し話をしておきたい。放課後、職員室に来るように。」

まっすぐに僕の目を見ていたが、明らかに警戒されているようだった。

 僕、有馬忠義(ありまただよし)は板書をノートに取りつつ、朝礼時のあの発言を理解しようとしていた。

(なぜあの先生は、僕を指名したのだろうか。)

 授業の内容よりも、あの先生は僕と一度だけ顔を合わせた人間の筈だ。

(だがあの目は、初めて見る何かを見るような目だった。)

 疑問は尽きないが、時間は屋の様に過ぎ去っていき、放課後になった。

職員室に向かう途中、志岐先輩と再び会った。

「有馬、例の新任の先生はどうだった。」

「志岐先輩。お疲れ様です。はい、普通の人に見えましたよ。

あと何故かはわかりませんが、朝礼時、放課後に職員室に来るよう呼び出しを受けました。」

そう答えると、志岐先輩は顎に手を当て、先輩から見て目線を右下にずらした。

 僕はそれを見て、これは少し面倒事に成ったかも知れないと感じた。

先輩のその仕草は、ある意味で有名である。

同学年の先輩や、3年生の先輩曰く、その仕草をした後の発言は絶対に当たる予言である、という噂だ。

そして、その仕草をしている間は、同じ人間ではないように感じるという。

僕はそう言った物には興味はなかったが、実際に見てみると、何所か不気味な感じが有った。

まるで、この世のものではないような、今目の前にいるのが本当に志岐義男という一人の人間なのだろうか。

その確信が揺らいでいく感覚だった。

 だがそれも数舜で終わる。

「有馬。本当にその先生が普通の人間に見えたのかい。」

僕はその問いかけに、肯定の声を上げた。

「ありがとう。それじゃあ、答え合わせと行こうか。」

そう言って、志岐先輩は唖然として固まっている僕を引き摺り職員室に向かった。

 職員室の扉の前に立った時、丁度佐川先生が出てくるところだった。

「おや、有馬君。随分早かったね。」

隣に立つ先輩のことは気にも留めず、僕に目線を合わせてそう言った。

先生にばれないよう、一瞬だけ隣に立つ先輩を見る。

(嘘だろ。)

僕は思わず二度見してしまった。

先輩の顔は死人を思わせる様に土気色となり、唇は紫を通り越して白色となっていた。そして、かたかたと全身を震わせていたのである。

僕は平然を装って先生と話した。

「それで、佐川先生は僕に何か用が?」

そう言うと、先生は「少し待ってくれ」と言って職員室の奥に引っ込んだ。

 僕はその隙に先輩を強く揺らして強い口調で問いかけた。

「先輩、貴方は佐川先生と何が?」

「あ、ああ。すまない。有馬、あれは危険すぎる。」

「それはどういう事ですか。」

「いいか、落ち着いて聞け。“あれは人間じゃない。”」

 先輩のその声が、ひどく印象に残った。

声を聴いた直後、扉が開かれる。開けたのは佐川先生だった。

佐川先生も驚きのあまり目をカッと見開いている。

先生と先輩は、お互いに警戒の視線を送っていた。

緋色と青紫の視線が交錯する。

先輩はシャツのポケットに入れていた紙を引き出していた。佐川先生も同じく胸ポケットに手を入れていた。

 僕は二人の間に割って入る。

「お二人とも落ち着いてください!」

その声は二人に効いたらしく、ポケットに入れていた手を引き抜いた。その手には何も握られていない。

だが未だに緊張は解かれていない。

「佐川先生、僕に用件がある筈でしたよね。」

僕がそう言うと、佐川先生は少ししょげた表情でそれを差し出した。

「君にこれを渡すように妹に言われていたから。

すまなかったな。」

差し出されたそれは、竹の板だった。

一見すると何の変哲もないそれには、墨で騎射を行う武士の姿が描かれていた。

 僕は先生の発言に引っかかった。

「先生、妹さんがいるのですね。」

「そうだが。」

僕は数か月前の家出の時に出会った女性をよく思い出しながら、再び佐川先生の顔を見る。

僅かに目じりのしわが異なる事や、髪質の違いなどもある。

 ここに至り、僕は目の前の女性とあの時遭遇した女性は別人であると判断した。

「先生、その妹さんから、僕のことを聞かされましたか。」

そう言うと、先生は額をぴしゃりと叩いて言った。

「いや、お見事。確かに君のことは数か月前に妹の涼子から聞いた。それで、私が接触する事に成ったわけだ。」

その答えに僕は違和感を覚えた。なぜ一度会っただけの少年に、彼女はここまでするのだろうか。

 僕は先生に質問をすることにした。

「先生、何故貴方の妹は、僕に関与するのでしょうか。」

すると先生は少し考えてからこう返した。

「それは、時が来たら話すことにするよ。今は話すべきではない。」

 その後、僕はまっすぐ家に帰った。

両親や兄から少し心配されたものの、何でもない風を装った。

 そして数か月後、僕は再び家出をした。


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