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十年前
9/26

9 悪役後輩に転生した人の頼みごと①



 体育館横の更衣室は、昼休みの今は誰もいなくて静かだ。


 まったくもってわくわくしないスリリングな日々を送っている私は、かなりの頻度でここにやってくる。


「お前、ふざけてんのか?」


 そして現在。食堂に潜り込むための変装をとき、味噌汁をかぶってしまった制服から学校指定のジャージに着替えた私は、同じく着替えを終えた琉生からお説教を受けている。


 おかしいな。

 話があるって呼び出したのは私のはずなのに。


 琉生が「お前の話を聞く前に、まず言っときたいことがある」って怖い顔で腕組みをするので、反射的に更衣室の出入り口に敷かれた簀子(すのこ)の上で正座の姿勢になってしまう。


「自分だってバレねえようにしたかったんだよな? なのに何だよ、あの(めし)の量は?」


 確かに昨日よりは多めに盛っちゃったけど、でも私だっていきなり大盛りはまずいなって思って、毎日ちょっとずつ増やしていたのだ。そうすれば周りの目も慣れてきて、気づかれにくくなるんじゃないかって。自分の普通が他の女子の普通じゃないことはわかっているし、ちゃんと考えて工夫した。でもそう言ったら「工夫の方向がおかしい」って、また叱られた。


「あんな目立ってたら、変装してる意味ねえだろ」


 そういえば私にも確認したいことがあった。琉生はどうもかなり前から、私の変装に気づいていたみたいな口ぶりだった。発言の許可を求めるべくそろそろと手を挙げてみると、琉生が怪訝そうな顔になる。


「……何だよ?」

「どうして私がずっと前から変装して食堂に行ってたこと、わかったの? 他の子には全然バレてなかったのに」

「っ、えっ?」


 なぜか、琉生が急にうろたえ始めた。


「なっ、なんとなくだ、なんとなく! それよりお前、なんでナチュラルに正座なんかしてんだよ? お前、そういうキャラじゃなかっただろ?」


 琉生の言うキャラというのは、普段の猫をかぶっている姫香の方じゃなくて、琉生にだけ見せていた非情な面のことだろう。


「えっと……」


 琉生の勢いに呑まれちゃったのが主な理由だけど、私はこれから琉生に頼みごとがある立場なので、可能な限り下手(したで)に出ておこうという思惑もあった。


 反抗期真っ只中の姫香は、普段は私から呼びかけないと反応がない。というか呼びかけても反応がないことが多いんだけど、琉生を前にするとあっという間に情報の大洪水になる。姫香にオトされかかっていたときの琉生の表情や、姫香の間違いを指摘してきたときの表情、他の男子に暴力や嫌がらせを受けていたときの様子など、もう何十回と見せられている。


 ただ、今の琉生はそのどれにも当てはまらなくて、眉を寄せながら私の方をじっと見つめている。やがてため息をついたかと思うと「で、話ってなんだよ」と、私の隣に腰を下ろした。


 いつもの姫香なら感情が乱れるところだけど、さっきからずっと静かだ。ひょっとすると食堂で琉生がかばってくれたことが、姫香の心境に何らかの影響を与えているのだろうか。だとすれば、私が考えていることもうまくいくかもしれない。


「まずは……さっき食堂でかばってくれたこと、ありがとう」

「……お前、ここ最近のその態度、なんなんだよ。一体何を企んでいる?」


 お礼を言っただけで、この言われよう。

 口元が引きつりそうになるのをどうにかこらえる。


 私が琉生を呼び出した理由は、自分が姫香じゃないってことを明かして、そのうえで姫香のことを頼みたかったから。それを思い立ったのは、ついさっき。姫香のせいでさんざんな目に遭わされたのに、皆の前でかばってくれた琉生を見て決心したのだ。


 けれども琉生の姫香に対する不信感が強すぎて、早くも決意がぐらつきそう。


「あのね、今から変な話をするよ。本当に、すごく変な話だから。信じられなくても仕方ない。私自身もまだよくわかっていないことがいっぱいあるし。だけど信じてくれるとありがたい……です」


 琉生が「一体何だよ?」と眉を寄せる。


 この一か月と少しの間、私なりにいろいろ考えて行動してきた。姫香の被害者には、わかっている限りで謝罪もしてきた。でも姫香への敵意も害意もなかなか減らない。


 良くないことをしちゃったのは姫香だけど、姫香を今の立場に追いやったのは私だから、この体にいる限りは私が姫香を守らなきゃって思っている。だけど最近ふと気づいてしまった。入ったのが突然だったなら、出ていくのも突然かもしれないと。


 例えば明日の朝目覚めたら、私は姫香の体から出ているかもしれない。もしそうなったら姫香は一人でこの環境に立ち向かうことになる。だったら、今のうちに姫香の味方を一人でも多く作っておかなきゃって考えたのだ。


 両親は論外だ。

 姫香に興味がなさすぎる。

 次に考えたのはルミさん。

 彼女はきっと力になってくれると思う。


 でも学校での味方は一人もいない。姫香は今まで友人として付き合ってきた子たちにも、真の意味では心を開いていなかったみたいだ。


 琉生が姫香の一番の被害者だってことを考えると、その彼に「姫香の味方になってほしい」なんてお願いするのはずうずうしいにもほどがある。だけどこの学校の中で姫香のことを一番ちゃんと見てくれていたのも、彼なんじゃないかと思うのだ。


「私、本当は姫香じゃないの。姫香の体に入っちゃった、他人です」


 さっきからすでに寄っていた琉生の眉が、さらに寄る。


 身長155㎝の姫香から見た琉生の顔は、立って並べば見上げなきゃいけないほど高い位置にある。だけど並んで座っている今は、それほど差はない。キリッとした瞳に整った顔立ち。まだ中学生だけど、この先美形になりそうな要素は充分そろっている。ああ、こりゃモテるな、なんて妙に納得した。姫香のこと云々よりもっと前から、女子に人気があったに違いない。


 ちなみに私の元の体も、身長は姫香と同じくらい。やせっぽちってところも一緒なのに、姫香の方がブラのサイズがひとつ大きい。私より六つも年下なのに。別に、全然気にしてないけど。

 閑話休題。


 女子から人気がある琉生との距離を縮めるのは、余計に姫香の立場をややこしくしちゃうかもしれない。それに琉生には友美という恋人がいる。結果的に琉生は姫香にオチなかったから良かったものの、あやうく彼女も姫香の被害者になるところだった。


 だから普段から仲良くしてもらおうなんて考えていない。もし姫香が困っていたり、間違ったことをしそうになったときに、こっそり助けてくれるだけでありがたいってお願いするつもりだった。でもその前に私は姫香じゃないってことを、まずは信じてもらわなければならない。


「今は姫香の体の中に入ってるんだけど、こうなる前はちゃんと自分の体で生きてたの」


 言いながら、説明がへただなあって思う。これからルミさんを含めて何人かに説明することになるかもしれないのに。どう話すか事前にちゃんと考えておかなきゃいけないなと、ひっそり反省していた私に琉生が訊ねてくる。


「それは……その、お前が姫香の体に入ったというのは、あの階段から転落した日か?」

「うん、そうだよ。よくわかったね?」

「……原因とか、方法みたいなものはわかってんのか?」

「わかんない。あ、でも……」


 私のあやふやな説明の足りない部分をきちんと察して、補ってくれる琉生に驚きつつ答える。


「そういえば、私も階段から落ちたんだ」

「どこで?」

「自宅のアパートの階段から落ちて、頭を打って、一瞬目の前が真っ暗になったの。で、目を開けたら全然違う場所にいて、すでにこの体の中だった」


 当時のことを思い出しながら説明すると、だんだん琉生の眉間のしわが増えていく。無理もない。当事者の私ですら、未だに夢じゃないかと思うときがあるくらいだ。けれども琉生はあれこれ質問はしてくるものの、私のことを頭がおかしいと思っているような雰囲気は感じない。それどころか、私の話を疑っている様子すらないように思える。


「名前は?」

「え?」

「お前にも本当の名前があるんだろ?」


 当然のように私の存在を認めて名前を聞いてくれる琉生に、ちょっとだけ胸がじんと熱くなった。


「奥居夏妃。ちなみにハタチです」

「ナツキ……あっ、そういうことか」

「え、何? 今ので何がわかったの?」

「あ、いや……なんでもねえ」


 なんでもないと言いつつ、やけに納得した様子の琉生をじっと見る。


「ねえ、なんか理解するの早すぎない? 普通まず最初に『コイツ何言ってんだ』って思うんじゃないの?」

「他の連中はお前の変化を、化けの皮がはがれたからおとなしくしてる、くらいに考えているみたいだけどな、俺に言わせれば静かすぎて不気味だった。お前が姫香の体に入ったタイミングは間違いなく、転落した後で、土下座の前だろ?」

「え、すごい」

「あの傲慢女が人前で頭を下げたってことを信じるくらいなら、いっそ中身が別人だって話の方が余程説得力がある」


 真顔でそう言い切った琉生と、彼の発言を受けてざわつき始めた姫香の感情に、また決意がぐらつきそうになる。この二人を引き合わせるのはやっぱり無理かもしれない。


「……にしても、ホントに別人だったのかよ。最初からずっと違和感だらけだったけど、外見は変わってねえし、それに姫香と俺とのやり取りとか、他の人間が知らないことを知って──」


 そこまで言った琉生は、ハッとしたように目を開いた。


「階段から落ちた後の行動はすべてお前がやったことなら、なぜそれまでの姫香のことがわかった? 暴露した内容には姫香しか知らないこともあったはずだ」

「姫香の記憶で、何があったかはだいたいわかったから」


 私は自分のこめかみのあたりを指でトンと示した。


「姫香は今も、この中に同居してるの」

「え?」

「はっきりした意思疎通はできないんだけど、姫香の感情は何となくわかるし、姫香がその気になれば彼女の記憶ものぞけるの。だからあの場の状況も、松任谷くんをハメようとしていることもわかってた」

「でもなんで……あんなふうに皆の前で暴露したりしたんだよ? そのせいでお前は今、すげえ大変なことになってんだろ」

「松任谷くんへの誤解を解くには、ああするしかないと思って。あの場にいたほとんどの子が姫香に騙されていたわけだし」


 琉生が片手で顔を覆ってうつむく。


「……俺は、お前に救われたんだな」

「救うも何も。本当のことを話しただけだよ」

「いや、あの状況では自分で潔白を証明することはできなかった。あのときお前が行動していなければ、俺は今もまだ……」


 ハーッと長いため息を吐いた後で琉生が呟く。


「今まで、悪かった。お前は俺を助けてくれたのに、俺は見て見ぬふりを決め込んで……何もしなかった」

「え、さっき助けてくれたよ?」

「んなの、(おせ)ぇよ!」


 パッと顔を上げた琉生が、声を荒らげる。


「おかしいじゃねえか! 何の関係もないお前が、姫香の代わりに暴言吐かれて嫌がらせを受けなきゃなんねえって、おかしいだろ!?」

「うーん、でも姫香を今の立場にしちゃったのは私だからなぁ」

「お前は悪くねえだろ。なのにこんなの、理不尽じゃねえか」


 私のことを信じてくれただけじゃなく、私の置かれた状況を思って怒ってくれているらしい琉生を見ていると、なんだかおなかのあたりがポカポカしはじめる。


 自分だって大変な目に遭っていたのに。というか食堂での発言から察するに、自分が大変な目に遭っていたからこそ助けに入ってくれたのかもしれない。きっと、正義感の強い子なんだろう。

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