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【検索除外】  作者:
十年前
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8 悲劇の脇役になるはずだった人の違和感③



「性悪女はこれでも食らえっ!」


 間一髪、姫香と女子の間に体を割り込ませた俺の肩に、ばしゃっと味噌汁がかかった。


 配膳から時間が経っていたために熱くはなかった。少しぬるい程度だ。けれども不快感が凄まじかった。本当なら姫香においしく食されるはずだった味噌汁が、俺のブレザーの襟から入り込んで背中に伝っていく。それが無性に腹立たしかった。


 そんな俺の腕の下では、目をまんまるに見開いた姫香が俺を見上げていた。俺のガードは完全ではなく、姫香のブレザーの腕部分にも味噌汁がかかっている。


 結局間に合ってねえし。

 何やってんだ、俺は。


「松任谷くんっ!? なんでかばうの!?」


 姫香に詰め寄っていた女子たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。俺の友人たちも席を立ってこちらにやってくる。誰もが食事の手を止め、皆がこの騒ぎに注目していた。

 何もかもが、うんざりだった。


「……お前、学校中の人間から悪意を向けられたことはあるか?」


 姫香に覆いかぶさるようにかがんでいた体をゆっくりと起こし、味噌汁をぶっかけた女子をにらみつける。さっと顔色を悪くしたその女子から視線を外し、隣にいる連れにも目を向け、それからぐるりと食堂を見渡す。


「お前らはあるか? 毎日毎日暴言を吐かれて、クソみたいな扱いを受けたことはあるか? ──俺はある!」


 俺の叫びに、食堂がしんと静まり返った。俺がつい最近まで白鳥姫香のストーカーだと言われていたことを、ここにいる多くの生徒が知っている。俺の目の前で、姫香の椀を握ったままの女子が口を開く。


「で、でもそれは全部姫香のせいでしょ。だから私たちは……」

「きっかけはそうだ。だが実際に俺に手を出してきたのは、姫香に扇動された奴らだった。姫香の見た目に騙されて、踊らされて、自分で考えることをしなかった愚かな奴らだ。俺自身も最初はそうだった。姫香のことを見た目だけで判断して、護ってやらなきゃならないか弱い女子だと思い込んで、忠告を無視した。そうだよな、友美?」


 少し離れた場所で心配そうに様子を見ていた友美に視線を向けると、友美の肩がびくっと震えた。


「俺は友美からの忠告を、友美の嫉妬だと決めつけた。だから俺は自分で姫香の本性を見抜いたわけじゃない。俺も姫香の外面しか見ていなかったんだ。たまたま姫香のターゲットが俺だっただけで、他の奴がターゲットだったら、俺もきっと同じことをやってた」


 取り囲む生徒の中に、最近俺に告白してきた女子たちも何人かいることに気づき、そう付け加えた。

 皆はすっかり忘れているようだが、姫香の悪事が公になったのは()()()()()公開懺悔したからだ。


「それにお前らは今日まで気付かなかったみたいだけどな、コイツ、もうずっと前からこうやって食堂に潜り込んで、ここで飯を食ってたんだぞ?」


 俺の言葉に、姫香の口から「えっ?」と小さく声が漏れた。


「お前らに、こんなことができるか? 少なくとも、俺はできなかった。特別教室棟に隠れて、持ち込んだ飯をこっそり食ってた。んなの、美味いわけねえし、そもそも食欲もなかった。毎日毎日暴言を吐かれて、持ち物を奪われて、嫌がらせを受けまくってたら、普通食欲なんか湧かねえよ。生きる気力すらなくなるんだよ。なのにコイツは変装してまで食堂に潜り込んで、山盛りの飯をバクバク食ってんだぞ? コイツはか弱い美少女とか、男を手玉にとる性悪女とか、そういうちっぽけなカテゴリーには収まらねえ、とんでもねえ女だ。それがコイツの本性だ」


 俺の言葉に、皆の視線が姫香の茶碗に注がれる。少し食べかけではあったが、それでも充分量が多い。今気づいた連中は、驚きに目を見張っている。


「姫香」


 呼びかけると、姫香が戸惑いがちに俺を見上げる。


「お前のやり方は最低だったし、謝られたくらいで許す気もねえ。だけど……お前のその胆力は、すげえって認めるしかねえよ」


 言いたいことを言い切った俺がようやく黙ったとき、それまで生徒だけだった食堂に数人の教師が駆け込んできた。けれども静かな食堂の様子に眉をひそめ、近くにいた生徒に「何があった」と訊ねている。厨房から生徒の様子を見ていた職員か、食堂から出て行った生徒の誰かが、異変を知らせに行ったのかもしれない。


 それを機にぱらぱらと皆が散っていき、俺も自分の席に戻ろうとすると、後ろからブレザーの裾をつかまれた。振り返ると椅子から立ち上がっていた姫香が、茫然とした様子で俺を見上げていた。


 以前にもこんな風に背後から止められたことがあったが、今の彼女にはあの日のような狡猾さが感じられない。雰囲気や髪型を変えていることだけが原因ではないはずだ。本当に彼女はあのときの姫香と同一人物なのだろうか。再び違和感を覚えていた俺に、姫香が声を震わせながら訊ねてくる。


「……隠れてごはん食べなきゃいけなかったの?」

「あ?」

「……食欲が湧かないほど、つらい思いしてたの?」


 自分から暴露したことではあるが、他人から──しかも自分より小柄な女子から気遣われるのは癪だった。だから何か文句あるのかと言い返そうとしたとき、姫香の両目からぶわわっと涙があふれてきた。


「ごめんねえっ!」


 これまで見てきた姫香の泣き方とはまったく違う。ぐずぐずと鼻水をすすり、顔をぐしゃぐしゃに汚した姫香が謝ってくる。


「ごめんねえ! 本当にごめんねえ!」

「うわ、ちょっ!? 何──」


 ぼろぼろ泣いている女子をどう扱っていいかわからずにうろたえていると、なんとか自分で泣き止んでくれた姫香が、何かを決意したような顔で自分の茶碗を差し出してくる。


「今からじゃ遅いかもだけど、これ食べて」

「は……? それ、お前の食いかけじゃねえかよ」

「ああっ、そうだよね! ごめん! 待ってて。すぐ持ってくるから!」


 バタバタと配膳カウンターに駆けて行った姫香が、左右の手に大盛の白飯と味噌汁の椀をそれぞれ持って戻ってくる。


「お待たせ! はい、どうぞ!」

「いや、そもそも俺の飯、あっちのテーブルにあるし。……っていうか、何で味噌汁まで?」

「あ、これは私の分」

「…………は?」

「まだ飲んでなかったから」


 先ほどぶっかけられて飲みそこなったから、もう一杯持ってくるのは当然じゃないかと言わんばかりの姫香の態度に開いた口が塞がらない。


「制服、ちょっと気持ち悪いかもしれないけど。もうすぐ食堂の時間が終わっちゃうから、着替えは後にして先に食べちゃおうよ。それから話したいことがあるから、食べ終わったらちょっとだけ時間ちょうだい」


 そう言って姫香は味噌汁がかかった制服のまま、躊躇なく腰を下ろした。そして押しつけられた大盛りの飯を手に突っ立っている俺の前で、何事もなかったかのように食事を再開する。強がって無理しているわけでもなく、今の姫香にとっての最優先事項は、食堂が閉まる前に昼飯を食べきってしまうことらしい。


 先ほど皆の前で姫香の本性について語ったのは俺だが、今まで本当の性格を隠していたにしても、ここまで完璧に隠し通せるものなのか。


 見た目は以前の姫香のままだ。

 けれども完全に別人のように思える。

 まるで()()()()()()()()()()みたいに。


 もちろんそんなことはありえない。俺とのやり取りを含め、姫香しか知らないことを知っているのだから。けれども俺にはどうしても、今の姫香と以前の姫香が同一人物だとは思えなかった。


 彼女が俺に話があるというのは、こちらにとっても都合がいい。これまで感じてきた違和感が何なのか、そろそろはっきりさせたい。


 俺はもうすぐ食べ終わりそうな姫香の様子に気づき、急いで自分の昼飯にとりかかったが、姫香が追加で渡してきた飯のせいで時間がかかり、結局彼女を待たせることになってしまった。

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