20 悪役後輩に転生した人の再テスト③
「とりあえず、外へ──」
体を離して顔をのぞき込んできた琉生が、はっと息をのむ。そして悲痛な表情を浮かべてくるので戸惑う。
「なに──」
「怖かったよな」
「え?」
「すぐに見つけてやれなくて悪かった」
再び抱きしめられて、頭をなでられたところで察する。頬を伝う私の涙に気づいたのだろう。慌てて手のひらで顔をこする。
「あの、違うの。これは……」
「……いいから。こんなときまで我慢すんな」
部活中に抜け出してきたって言っていた通り、琉生は野球部の練習着のままだった。
「俺だって、不安だった」
「え……?」
「お前がいなくなったって気づいて、めちゃくちゃ焦った」
私を探して走り回ってくれていたみたいで、琉生の体は少し汗ばんでいて、あたたかかった。それでようやく自分の手足が冷えていたことを自覚した。
「無事でよかった」
こんな風に誰かに心配してもらったことって、今まであったかなって考える。おばあちゃんの一番はお母さんで、お母さんの一番は自分自身で、私は誰の一番にもなれなかったから。
助かったんだって安心したら、同時に胸の中に押し込めていたいろんな感情があふれてきて、涙も一緒にぼろぼろこぼれてくる。
「こ、怖かった」
「ああ」
「姫香も怖がってて、私がしっかりしなきゃって思って」
「ああ、頑張ったな」
しゃくりあげながら訴える私の言葉に、琉生がうなずいてくれる。
「でも……私、姫香のこと全然わかってなくて、自分の考えばっかり押しつけてて、姫香にひどいことしちゃったの」
「え?」
琉生が怪訝そうに顔をのぞき込んでくる。
「どういう意味だ?」
「姫香は自分を守るのに必死だっただけなんだよ」
きっと姫香も、誰かの一番になりたかったんだ。
ついさっき気づかされた姫香の想いを、泣きながら琉生に全部話した。勝手に話しちゃって、姫香は怒っているかもしれない。でも私が一人で抱え込むには絶望が大きすぎて、きっと琉生なら一緒に受け止めてくれると思って打ち明けた。
それに琉生には姫香がどうしてあんな行動に出たのか、知る権利もあると思ったから。
私の話を聞いた琉生は「それでも姫香の横暴は誰かが止めなきゃいけなかった」って言った。姫香に同情する部分はあるけれど、だからと言って何をしてもいいわけじゃないって。
「でも……」
私も少し前ならそう思えたけれど、今は姫香の感情に引っ張られているせいか、つい姫香を擁護する気持ちになってしまう。本当ならカウンセラーとか、大人に相談するべきなんだけど、今は私が姫香の体に入っているせいでややこしいことになっているし、その私でさえ姫香に直接働きかけることはできない。姫香がその気になったときに、少し記憶を見せてもらえるだけだ。
姫香のためにどうするのが正解なのかわからなくて、混乱していた私の頭をなでていた琉生が、「お前はただ、姫香の味方でいればいいんじゃないか」って言ってくれた。
「今後、もしまた姫香が前みたいなことをやりはじめたら、俺が止めればいいんだろ? だからお前は姫香を守ることだけ考えていればいい」
私が、最初に琉生に頼んだことだ。
私がいなくなったあとの姫香のことを、ちゃんと引き受けるって言ってくれたのがわかって安心する。
だったら私はこの体にいる間、存分に姫香の味方でいることができる。叱り役は琉生が引き受けてくれたから、私は姫香のしたことを否定せず、いっぱい褒めてあげればいい。
「……うん。わかった」
一人じゃなくて良かったって思った。
琉生が一緒で、本当に良かった。
◇
結局、誰が姫香を掃除用具倉庫に閉じ込めたのかは、わからないままだった。
クラスメイトはほぼ全員が、たとえ表面上だけだとしても姫香のことを受け入れてくれていると思う。けれども他のクラスや他の学年にはまだ姫香を恨んでいたり危害を加えたいと考えている生徒が一定数いることは忘れちゃいけないって、あらためて思い知らされた。
閉じ込められた件については、琉生が先生たちに訴えてくれたおかげで、今回は自作自演じゃないとわかってもらえたみたいだった。翌日には掃除用具倉庫の扉の鍵にはケースがかぶせられて、外からロックできないように応急処置がされていた。そのうち内側からも開けられる扉に変えるらしい。
受けそこなってしまった数学の再テストについては、後日改めて受けさせてもらえることになった。こっちはなんと、クラスメイトの女の子たちが数学の先生に訴えてくれたのだ。琉生との『再テストを合格したらかまど炊きごはん食べ放題』の約束があるのに、それを「姫香がすっぽかすなんておかしい」って。だから姫香には再テストを受ける意志があったはずだってことを皆で保証してくれたのだ。
彼女たちの話では再テストの日、私は朝からずっと薄ら笑ってて気持ち悪かったんだって。それで琉生との約束の内容を知って、納得したらしい。
え?
私、どんな顔してたんだろう?
ちょっと不安になっちゃったけど、琉生が「大丈夫、気にすんな。いつものことだから」って慰めてくれた。でも後でよくよく考えたら、あれは慰める言葉じゃなかった気がする。
運のいいことに数学の先生は、学園青春ドラマに憧れて教師になったという人物だった。職員室に直談判にやってきた生徒たちを見て「こういうのを待ってた!」って大喜びして、再テストをあっさり許可してくれたのだ。
そんなわけで私は再テストを受けさせてもらえることになって、無事合格ラインに達することができた。今回はかなり気を付けていたから計算間違いもなかった。
琉生も「頑張ったな」って褒めてくれた。今までだったら年下の琉生からこういうことを言われると複雑だったけど、琉生にはこれまでにもいろんな相談に乗ってもらっているし、今回も助けに来てくれたし、年上だとか意地を張るのをやめて素直に感謝しようって思えるようになった。
それから再テストが無事終わった後、夢で見た姫香の状態が少し気になって、私たちの事情を知っている身近な大人ってことでルミさんに相談をもちかけてみた。それでルミさんからも、ひょっとしたら姫香は学習に支援が必要な子だったんじゃないかっていう、私と同じ予想が返ってきた。だから私が姫香の体から出たときにお願いすることの中に、それも加えてもらった。姫香の両親は全然あてにできないけれど、ルミさんになら安心して姫香を任せられる。
琉生からのご褒美だった『かまど炊きごはん食べ放題』──もとい焼肉店へ行く約束は、冬休みに入ってすぐ、クリスマスイブにクラス全員で行くことになった。「二人だけで行くなんてずるい」って言う子が多くて、いつの間にか話が広がっていたのだ。
友美をはじめ彼氏や彼女がいる子たちもこっちを優先するとか言っていて、それでいいのかってお互いにツッコミ合っていたけれど、私から言わせてもらえば皆まだ中学生なんだから、クラスでわいわいやる方が楽しいって。
決して自分が彼氏いない歴イコール年齢だからって、ひがんでいるわけじゃないよ?
それで最初に言い出した琉生が幹事をすることになって、琉生がちょっと不機嫌だったから、私も会費集めとか手伝うって申し出たら、機嫌を直してくれた。
けれども普段お世話になっているし、琉生の会費は私が出したいなって思ってそう提案したら、何が気に入らなかったのか、いつもの三倍くらいのトゲトゲボーイになってしまった。琉生本人が「絶対嫌だ」って言うのを無理に押し通すわけにもいかなくて、仕方なく諦めた。
夏妃のときはお金に余裕がなかったからやりくりが大変だったけれど、今はそういう心配はしなくていいし、フードファイトの賞金も手付かずだった。何より誰かにおごってあげた経験って今までなかったから、一度やってみたかったのにな。
そんなこんなであっという間に学期は終わって、いよいよ明日から冬休み。ルミさんたちともクリスマスパーティを計画しているし、すごく楽しみだ。
私がわくわくしているせいか、なんとなく姫香もそわそわしている気がする。なんだか神話の女神さまみたいだ。
姫香に伝わるといいな。
もう怖がらなくていいよって。
だから安心して、出ておいでねって。




