2 ヒロインに転生する人
クソみたいな仕事にクソみたいな人間関係。
自分の人生にほとほと嫌気がさしていた私の唯一の楽しみは、漫画やライトノベルを読むことだった。ラブコメ、バトル、ファンタジーなどあらゆるジャンルに夢中になり、当然異世界転生ものも大好きだった。毎晩、目が覚めたら異世界に転生していたらいいのにと考えながら眠りについた。
もちろんそんなことが現実に起こるわけがない。そうわかってはいたけれど、クソみたいな日々を乗り切るための希望はそれしかなかったのだ。
さらに追い打ちをかけたのが、世界中で猛威をふるっていたくそったれウイルスだ。まんまと感染してしまった私は、一人暮らしで誰も看病してくれずに自宅隔離。だったらとことん引きこもってやると高熱で意識がもうろうとするなか、私の脳内は翌日配信される予定だった『冷徹俺様社長は真面目な秘書を溺愛する』の最新話のことでいっぱいだった。
もともと小説投稿サイトで人気だった小説を、神絵師がコミカライズして大ヒットした超人気作。仕事一筋のヒロインが、顔だけが取り柄の後輩に彼氏を寝取られるものの、その後とある縁で自社の社長と意気投合し、彼の専属秘書になる……という王道展開。
リアルで頑張る女子なら誰でも言われたい胸キュンワードが随所にちりばめられていることと、垂涎物の美しいイラストで、瞬く間にオトナ女子たちの心をかっさらっていったのだ。
前話のラストはさんざん悪事を働いた後輩、白鳥姫香を断罪するべく、ヒーローである邪馬飛瑛士が協力者の男を連れてくるシーンだった。「白鳥姫香は地獄に落とさないと気が済まない」と、仄暗い笑みを浮かべる男のコマで終わっていた。
一見初登場に思えるキャラだが、先に原作小説の方をチェックしている私は知っている。
この陰気な男は、姫香の過去編に出てきた中学時代の同級生なのだ。不慮の事故で姫香に怪我をさせてしまい、その責任を取らされる形で姫香から下僕のように扱われて、甲子園を目指す夢も潰えてしまったという悲劇の脇役。
しかも彼は姫香の断罪に協力するものの、往生際の悪い姫香に業を煮やし、姫香を道連れに焼身自殺するという壮絶な最期を遂げる。原作小説で描かれたその凄惨なシーンをコミカライズではどう表現するのか、「さすがにソフトな表現にとどめるんじゃないか」とか、「ここまでずっと原作に忠実なストーリー展開を守ってきたのだからやるだろう」など、読者の間では様々な予想が飛び交っていた。
最新話は、いよいよざまぁ回だ。
配信前に前回までの話をもう一度読み返しておくかと、高熱で震える指でスマホを手に取った私の意識は、そこで途絶えた。




