17 そもそものきっかけを作った人の後悔②
大したことじゃない。
ちょっと試してみたかっただけだ。
琉生に姫香をけしかけたらどうなるか。
あの鈍い琉生でも姫香に夢中になるのだろうか。
それとも姫香でも琉生を振り向かせることはできないのか。
関係ない琉生を巻き込むことに少し罪悪感はあったから、念のため忠告はしておいた。それに私は琉生が姫香になびかないことを期待していたのだ。あの姫香でも琉生を奪えないなら、私がずっと幼なじみどまりなことも仕方ないと思えるから。
それが、あんなことになるなんて思わなかった。
琉生をハメたのは姫香だったし、琉生に直接手を出したのは姫香にそそのかされた男子生徒たちだ。けれども、そもそものきっかけをつくってしまったのは私だった。
琉生が酷いいじめを受けていることや、周囲から孤立させられていることを知っても、私は怖くて何もできなかった。日に日に憔悴していく琉生から必死に目をそらして、悪いのは私じゃないと無理やり自分に言い聞かせた。
琉生に合わせる顔がなくて、いじめが治まった後も琉生から距離を置いていた。なのに琉生の方はまったく気にしていなくて、何事もなかったかのように普通に接してくる。
私はその琉生の優しさに甘えて、未だにきちんと謝ることすらできていない。
「じゃあな。また明日学校で」
くるりと向きを変えて玄関で自分の靴を履く琉生に、思わず呼びかける。
「琉生っ!」
靴を履き終えた琉生が振り返る。
「何?」
玄関は室内の方が数十センチ高くなっているせいで、目線がいつもより近い。それがまるで、今の琉生と私の関係を突きつけてくるようだ。
私が琉生と対等に並べる日はもう来ない。
私が今も琉生のそばにいられるのは、琉生が私に合わせてくれているから。最低なことをした私をまだ友達だと思ってくれて、気遣ってくれるからだ。
「友美? どうした?」
「……琉生、ごめん」
「え?」
「アンタを巻き込んだこと。それからアンタを助けなかったこと」
そもそもすべては、私の嘘から始まったことだ。琉生の気を引きたくて、琉生に後悔させたくて、好きでもない相手と付き合った。自分だけが惨めな思いをするのが嫌で、琉生に姫香をけしかけた。しかもその結果、自分の手に負えないほどの大ごとになってしまって、怖くなって逃げた。
「……本当に、ごめん」
一瞬きょとんとしていた琉生は、すぐに幼なじみの顔に戻って笑いかけてくる。
「お前が気に病むことなんか何もねえよ。俺は自分の意志で行動したんだからな。それにこの数か月間のあれやこれやで、俺もいろいろ反省した」
そう言って苦笑した琉生の顔が、一瞬知らない人に見えてしまった。ずっとそばにいて見慣れているはずの幼なじみの顔つきが、いつの間にかすっかり大人びていることに気づく。
「前の俺は何も見えていなかったからな。自分の甘さとか、弱さとか……嫌ってほど思い知った」
「だからお前ももう忘れろ」って言った琉生が泣きたいくらいにかっこよくて、同時に自分が完全に失恋したことを理解した。卑怯な手を使っても、私は琉生を振り向かせることはできなかった。
だったら最初から、素直に想いを告げていればよかった。
今さら気づいても、もう遅いけど。
「──ありがと」
どうにか笑い返した私にひらっと手を振った琉生が、玄関から外に出ていった。そのすぐ後に、二階から姉の明美が下りてくる気配がする。
「あ、友美。おかえり」
じわりと浮かんだ涙を瞬きで追い払って、姉の方を振り返る。
「……ただいま」
「琉生、帰った?」
「うん」
幸い姉は私の涙に気づかなかったようだ。
「そういえば琉生、何の用で来たの?」
「ああ、えっとね……私の周りで今流行ってることとか、興味があることとか教えてくれって」
「……なんで?」
「なんかね、琉生の友達で年上の女と付き合ってる子がいるらしくてさ。だから一緒に出掛けるときはどういうことをすればいいのか知りたいって相談されたらしくて、私のとこに来たみたいよ」
「へえ……?」
琉生は今まで野球以外に興味はなかったのに、急に世話焼きになったのだろうか。
「でもさ、私ってアンタと違って、年齢=彼氏いない歴でしょ?」
「うん、まあ……そうだね」
あっけらかんとした姉の自虐にあいまいに頷く。姉は二次元には推しがたくさんいるものの、三次元の男には一切興味がないと言ってはばからない。
「だから『そんなこと知るか。ケンカ売ってんのか』って蹴り入れといた」
「お姉ちゃん……」
殺伐とした相談結果に引きつつ、同時にさっきの琉生が嘘をついていたことを知る。友達の恋愛相談だったなら、どうして進路の話だなんて言ったのか。
「でもさ、私の経験上『これは友達の話なんだけど』って出だしで相談してくる人間は、かなりの確率で自分の話をしてると思う」
「え?」
「琉生の奴、年上の女と付き合ってんのかな?」
「…………え?」
「ま、何でもいいけど」
玄関に突っ立ったままの私を置いて、姉がキッチンに向かいつつ「おかーさん、ごはんまだ?」と声をかける。それに母親が「たまには手伝いなさい」とお説教を始めるのを背後に聞きつつ考える。
私の見たところ、恋愛的な甘さはまだないけれど、琉生は間違いなく姫香に執着している。そのうえで他にも彼女がいるとか、あの琉生がそこまで器用に立ち回るとは思えない。
じゃあ結局誰の相談話だったのかと考えを巡らせたものの、すぐにやめた。
私にはもう関係ないんだった。
ふっきれたら、急におなかが空いてきた。
最近姫香の影響で、ごはんを食べる量が多くなったっていう女子が急増している。食堂でも今まで姫香の周りの席を取り合うのはもっぱら男子だったんだけど、あの調理実習の後は女子が姫香の周りの席を取り合っている。あの子の食べっぷりを見るのは素直に楽しいし、気持ちがいい。そしてなんだか自分も同じことをしたくなってくるのだ。
でも悲しい哉、姫香はあれだけ食べても全然太っていく様子がないのに、私を含め他の女子は着実に体重が増えていく。
ほんと理不尽。




