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【検索除外】  作者:
十年前
16/26

16 そもそものきっかけを作った人の後悔①



「ただいま」


 部活が終わって学校から帰宅すると、ちょうど二階から階段を下りてきた幼なじみの琉生と鉢合わせた。


「──え、琉生?」

「よう、友美」


 琉生の家はすぐ隣にあって、小学生の頃は互いの家によく行き来していたけれど、最近はすっかりそんなこともなくなっていたので少し驚いた。


 まだ制服姿だったから、琉生も部活の後に直接ここに寄ったのかもしれない。我が家の階段は決して狭くはないはずなのに、琉生が立つとやけに小さく感じる。ほんの二、三年前まではほとんど変わらなかった身長も、今ではずいぶん差をつけられている。


「何してんの?」

明美(みんみ)に用があった」

「お姉ちゃんに? どうして?」


 私より六歳上の姉の明美は、同い年で遊び相手だった私とは違って琉生との接点はあまりなかったはず。だから不思議に思っていると、琉生がわずかに視線を外す。


「ああ……あれだ、進路の話、とか」

「進路?」


 私たちの学校はほぼ全員がそのまま高等部に進むし、琉生もそのはずだ。しかも女子大に通う姉に一体何を相談することがあるのかとさらに訊ねようとした私より先に、視線を戻した琉生が訊ねてくる。


「姫香の奴、うまくやってるか?」


 また姫香の話だ、とため息をつきたくなるのを我慢する。最近の琉生は姫香にかかりきりで、学校にいる間ずっと姫香と一緒に行動している。


 姫香へのいじめを防ぐためだ。


 琉生はほんの数ヶ月前、学校中の男子生徒たちからひどい扱いを受けていた。琉生からストーキングされているという嘘の話を姫香が広めたせいだ。けれども今までちやほやともてはやされていた姫香が、実は人の彼氏を奪うことが趣味の性悪女で、そのうえそれを注意しようとした琉生をハメたということがわかって、二人の立場が180度入れ替わったのだ。


 姫香をいじめていた生徒の中には、実際に姫香の被害者もいたけれど、大半は直接関係ない人間だった。姫香は罰を受けて当然の人間で、いじめてもいい相手だとみなされていたから、単純にうっ憤をはらす都合のいいターゲットになっていたのだと思う。


 だからこそ一番の被害者だったはずの琉生が姫香をかばったせいで、姫香をいじめる理由が弱くなってしまい、今では姫香に対する嫌がらせもかなり治まってきた。


「うん。今日も問題なかった」


 体育の授業は男女別で行われることがほとんどで、少し前まで姫香はいつも孤立していた。けれども最近では誰彼となく姫香の相手をしているから、一人ぼっちになることもなかった。


「そうか」


 ホッとしたように息を吐いている琉生をこっそり見つめる。琉生は、自分がいない場で姫香がいじめられることを心配しているのだ。


「っていうか、姫香本人に聞かないの?」


 そう指摘すると、琉生が小さく舌打ちする。


「アイツ、聞いてもちゃんと答えねえんだよ。すぐ『大丈夫』とか『平気』とかって誤魔化すし」


 少し前ならそんなことを言われても絶対本気にしなかった。姫香お得意の、同情を引く作戦だと思っただろう。でも今の姫香は見た目は相変わらず美少女のままだけど、以前のような毒もなければ棘もない。中身が別人に変わったんじゃないかと思うほど無害になった。


「……姫香、ホントに変わったんだね」

「ああ」


 姫香は入学当初から美少女として目立っていて、噂では最初の一か月間で、中等部高等部合わせて三十人以上の男子から告白されたらしい。けれども姫香はそれだけでは満足できない、傲慢な女だった。


 常に自分が一番でなければ気が済まなくて、誰かに彼氏ができるとすぐに相手の男子に近づいて、自分を好きにさせて別れさせる、ということを何度も繰り返していた。しかも姫香は周りの人間からの印象をうまく利用して、絶対に自分は悪者にならないように振る舞っていた。


 人の彼氏に言い寄って、告白されるように仕向けておきながら「そんなつもりじゃなかったの」と、はらはら綺麗な涙を流す。彼氏を誘惑された女子が文句を言えば、わざわざ人前でショックを受けてみせて「そんなことしていない」と無実を訴える。周りは美少女の涙にコロリと騙されて、むしろ被害者の方が悪く言われる始末。


 だから姫香の被害者たちは皆、泣き寝入りするしかなかったのだ。


 そんな姫香の横暴を、止めようとしたのが琉生だった。そのせいで姫香の機嫌を損ねた琉生は、姫香に扇動された男子たちからいじめのターゲットにされていた。けれども姫香の悪事が明らかになった後は、琉生の好感度は女子の間で急上昇している。


 人気はもともと高かったものの、今まで表立ってモテることはなかった琉生は、今では毎日のように誰かから告白を受けているらしい。幼なじみである私のところにも、琉生との仲を取り持ってほしいと頼んでくる女子が何人もやってくる。


 今日も誰かに告白されたのだろうか、などと考えていると、琉生が再び口を開く。


「そういや、お前。彼氏とはうまくいってんのか?」

「え……?」


 悪気のない問いかけが、私の胸に突き刺さる。


 琉生は何もわかっていない。


 琉生は子供の頃から、優しくて正義感の強い男の子だった。クラスを明るくするムードメーカーとか、皆を引っ張っていくリーダータイプではなかったけれど、誰に対しても平等で、誰からも好かれるタイプ。だから生まれたときからお隣さんで、幼なじみである私のことも他の友達と同じように扱った。


 決して蔑ろにされたわけじゃない。

 特別扱いされなかっただけだ。


 それでも中学にあがってからの私は、琉生に一番近い女子だった。いつも男子同士でつるんでいる琉生には、私以外に親しい女友達はいなかったのだ。だから同級生たちから「付き合っているのか」と聞かれることも何度かあった。そのたびに私は「ただの幼なじみだよ」と否定しつつ、心のどこかでは幼なじみの関係から進展することを期待していた。


 けれども野球にしか興味がない琉生との関係は一向に変わらなかった。琉生の部活仲間から告白されたと相談をしたときも、驚きはしたものの、焦っている様子やショックを受けているようなそぶりは一切なかった。それどころか「いい奴だから」と私の背中を押すような言葉をかけてきた。


 ずきりと痛む胸を押さえたくなるのを我慢して、そっけなく答える。


「別に……普通だよ」

「そうか」


 また、琉生がホッとしたように呟く。けれども先ほどの姫香のことを話していたときの方が、表情も声も柔らかかった。


 琉生との仲を取り持ってほしいと頼んでくる女子も増えたけれど、それよりもっと多いのが、姫香と琉生の関係を探ってくる女子だ。あの二人は付き合っているのかと聞かれても、知らないのだから答えようがない。


 姫香と同じく、琉生も変わった。今までずっと誰に対しても平等だったのに、明らかに姫香を特別扱いしている。


 なのに、そうやって過保護なくらいに姫香を気遣うくせに、姫香といるときの琉生は態度も口調も他の女子に対するのとは全然違ってすごくぶっきらぼうだ。幼なじみである私に対するより当たりがキツイときもあって、琉生の行動と態度はなんだかちぐはぐだ。


 そんなふうに最近の琉生はちょっと落ち着きがない。さっきも姫香が本当のことを話さないと言って舌打ちしていたし、姫香が自分を頼ってこないことに苛立っている印象だ。


 姫香の方はそんな琉生の態度や言葉遣いを特に気にする様子もなくて、ハイハイと流したり、素直に謝ったりしている。そののんびりした反応が、琉生をまたイライラさせるという堂々巡り。


「悪かったな、友美。お前も姫香に対していろいろ思うところはあっただろうに。でもお前が口添えしてくれたおかげで、助かった」


 先週の調理実習で姫香と同じ班だった私の友人二人は、姫香のことを無視して作業から締め出すと決めていたし、キャラ変してまで男子からの人気を回復しようとしている姫香を懲らしめられないかと画策していた。それを知っていた私は、一応二人を諫めるスタンスはとっていたものの、あまり強くは止めなかった。


 というのも二人には「姫香に彼氏を狙われそうだ」という話はしたけれど、姫香に嘘をついたことは言っていなかった。今も二人は姫香が勝手に私の彼氏を琉生だと勘違いしただけで、悪いのは姫香ただ一人だと思っている。ただでさえ琉生の人気は高いのに、もし私が無関係の琉生を巻き込んだと知られたら、きっと今度は私が性悪女だと軽蔑されてしまう。だから嘘がバレることが怖くて、強く言えなかったのだ。


 姫香が大食いを披露してクラス中の度肝を抜いた調理実習の後、私は琉生から頼みごとをされた。私の友人たちと姫香の仲を取り持ってほしいと言われたのだ。でもそのときにはすでに、姫香に対するクラスメイトの反応はずいぶん柔らかくなっていたし、何人かはすっかり姫香と打ち解けていた。だから友人たちへの口添えも、もう必要なかったんじゃないかと思うほど簡単だった。


 それをいいことに、私は友人たちから「心が広い」と持ちあげられ、琉生からも感謝される立場におさまっている。


 私は姫香のように悪意を持って他人を陥れようとしたわけじゃない。なのに、後ろめたさがなくならない。それに、琉生からの言葉に「別に大したことしてないし」なんて呟いて肩をすくめてみせたけれど、本当はヒステリックにわめいてやりたい気分だった。


 なんでアンタが姫香のことで謝ったり、感謝したりするの?


 姫香に彼氏がいると知られた時点で、もう彼氏のことは諦めていた。告白されて付き合ってはいるけれど、友達の延長みたいな感じで、そもそもOKしたのも断るほどの理由がなかったからだ。向こうも私のことがすごく好きって感じでもなかったから、姫香に言い寄られたらあっさり私を捨てることは簡単に想像できた。


 私に彼氏ができたら少しは動揺するかと思った琉生も、以前とまったく変わらないし、全然気にしていない。何もかもが面白くないことばかりだった。


 だから、ちょっと魔が差したのだ。

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