15 悲劇の脇役になるはずだった人が守りたいもの③
「よかったな、姫香。これって、仲直りってことなんじゃないか?」
「えっ?」
「そうだよな? お前ら、自分の飯を分けてやるってことは、もう姫香のことを許してやるってことなんだろ?」
明らかに悪意を感じる食事量を前にそう言うと、俺の思惑通りに周囲の女子たちが話に乗ってくる。
「そうだよ、姫香。だから残しちゃだめだよ」
「うちらの好意、無駄にしないでよね」
普通の女子に食える量じゃないとわかっていて笑顔で告げられる言葉たちに、俺の周りにいた傍観者たちが慄く。そんななかで一人、言われた言葉をそのままの意味で受け取った姫香が目を潤ませて笑う。
「──っ、ありがとう! みんな、今まで本当にごめんね! もう嘘ついたりしないって約束するからっ!」
そして中断していた食事を再開した。
「いただきます!」
豚カツの山から箸でつままれた一切れが、姫香の小さな口に運ばれる。それをサクッと半分に噛み切り、もぐもぐと咀嚼してから、残った半分を口の中に入れる。サクッ、もぐもぐ、ごくん、サクッ、もぐもぐ、ごくん、とそのテンポのまま五切れほど食べたところで、今度は山盛りの白飯のひとつにとりかかる。
一杯目をあっという間に空にしてから、再び豚カツの山を崩しにかかった姫香の目に輝きが増していく。
豚カツと白飯の合間に、時々キャベツと豚汁に手が伸びる。それをひたすら繰り返す。まったくペースが落ちることなく、同じ調子で姫香が三杯目の茶碗を空にする頃には、調理室内の空気は一変していた。
「え……?」
「ちょっと……なんなの?」
姫香が食い切れずに降参するのを待っていた女子たちも、ただ傍観していた者たちも、誰もが目を丸くして姫香を見つめている。
「いっぱい食べるなんてレベルじゃなくない?」
「すげえ。フードファイターみてえ」
ニコニコしながら食べ進めていく姫香に、誰もが唖然としている。俺自身も、あの日以来の夏妃の食いっぷりを再び目の当たりにして高揚感が抑えきれない。「うまいか?」と訊ねると、姫香が「うん!」と頷く。その邪気のないキラキラした笑顔に、誰もが圧倒されていく。
食べるという行為をここまで楽しめる人間を、俺はこれまで見たことがなかった。
食事は人間が生きていくために必要な行為だ。それに全力で向き合い最大限に楽しめる夏妃は、ただ日々のルーティンとして済ませているだけの俺より、ずっと積極的に生きている。
夏妃は自分のことをあまり話さない。
現在俺にわかっているのは、今とは違う場所で、今と違う体で生きていたということくらいだ。夏妃があまりにあっけらかんとしているから、俺もうっかり流してしまっていたのだが、もし俺が今まで生きてきた人生を突然奪われて、まったく知らない人間の体で生きていかなきゃいけない状況になったとしたらどうするだろうか?
これほど強く、生きられるだろうか?
ドキンドキンと鼓動が速まるなか、夏妃がいよいよ最後の白飯を箸でつかんだ。あの日と同じように、姫香のまつ毛が悲し気に伏せられる。俺が息を詰めて見つめている間に、姫香は最後の一口を大事そうに口に運び、そしてそれをごくんと飲み下した。
姫香がふわりと笑う。
「ごちそうさまでした」
しん、と調理室に静寂が訪れた直後、大歓声が沸き起こった。
「すっげえええ!!」
「ちょっと、姫香。なんなのアンタ!?」
「マジで全部食っちまった!」
「あの大量の豚カツとごはん、どこにいったの!?」
「ここ」
ジャージ越しにポッコリした自分の腹を指さす姫香に、どっと笑い声があがる。
「こんなに食べられるなんて知らないよ!」
「今までなんで隠してたの!?」
「え? えっと……小食の方がモテると思って」
「モテる……ため?」
姫香っぽい回答を必死で考えたらしい夏妃の言い訳に、調理室中がさらに大爆笑の渦に巻き込まれる。特に女子たちのツボにはまったらしく、ヒーヒー腹を抱えて笑っている女子が何人もいる。
「アンタどれだけ必死なのよ!」
「普通そこまでやる!?」
「猫被りすぎ!」
さっきまで張りつけたような笑顔で姫香に豚カツを押しつけていた女子たちが、やれやれと力なく笑う。
「……なんだかバカバカしくなってきちゃった。アンタには敵わないわ。ごめんね、姫香」
「え?」
「私も、ちょっとやりすぎた。ごめん」
一人が謝ると、それをきっかけに次々と女子たちが姫香の周りに集まって謝り始める。そして代わる代わる姫香の腹を触ったり、普段はどれだけ食べるのか訊ねたりして、すっかり打ち解けた雰囲気になっている。
「ねえ、姫香。今度ケーキバイキングいかない? いくつ食べられるのか見たい」
「うーん。私はケーキよりごはんの方が好きだなあ」
「おバカっ。そこは女子っぽく『ケーキ大好き♡』って言うとこだよっ」
「可愛さアピールはアンタの得意技でしょ」
ツッコミを入れて面白がる女子たちとは対照的に、遠巻きに聞いていた男子は完全に引いている。そんな男子たちの「デートでこれをやられたらキツいよな」というボヤキを聞きつけた女子が、ブーブー文句を言い始める。
「何なのよ、アンタたち。いっぱい食べる女子可愛いとか言ってたくせに!」
「だってよぉ、限度があるだろ?」
「ホント男子って勝手だよね!」
姫香に対する態度をころころ変える男子たちに女子たちが憤るなか、いつの間にか俺の背後に来ていた友美が訊ねてくる。
「……琉生。アンタもしかして、姫香がこれだけ食べるって知ってたの?」
ほんの数十分前まで孤立させられていた姫香は、今や女子たちに取り囲まれて楽し気に笑っている。それを見届けた俺は、まだ手付かずだった自分の飯にとりかかった。
「さあな」




