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十年前
13/26

13 悲劇の脇役になるはずだった人が守りたいもの①

琉生視点のパートだけややこしいかもしれないので、ご説明を。

基本、姫香=夏妃です。

でもそれぞれに分けて語る場合もあるし、イコールの場合でもどちらかに統一するのは違和感があって、ふわっとした判断基準ですが使い分けています。


『姫香』

・琉生視点で姫香を語るとき

・第三者から見た姫香を語るとき

・第三者がいるときの呼称

・体、持ち物 など


『夏妃』

・琉生視点で夏妃を語るとき

・琉生と夏妃だけのときの呼称

・内面、感情 など



 最近、無性にイライラする。


 夏妃は自分にまったく関係ないことで理不尽な目に遭っても、涙を見せるどころか表情を曇らせることもなく、ため息ひとつで受け入れてしまう。だから何をされたのか聞き出さないとわからないし、しかも被害を全部話したかどうかもわからない。


 反対に、姫香はしょっちゅう誰かに慰められていたことを思い出す。俺自身は姫香が具体的に誰に何をされたのか全然知らなかったうえに、彼女が他の女子からいじめを受けているらしいという話が真実かどうかさえも確かめなかった。にもかかわらず、涙をぬぐって健気にほほえむ彼女を遠目に見ただけで、勝手に守ってあげたいと考えていた。


 そんな過去の自分に、酷く腹が立つ。


 姫香の中身が夏妃という別の人間で、しかも俺をかばってくれたのだと知ってから、俺は彼女へのいじめを傍観するのをやめた。毎日彼女に付き合って、姫香の上履きをさがし、教科書をさがし、筆記用具をさがす。見つからなければ彼女の代わりにスリッパを借りに行き、彼女の席を自分の隣に移動させて教科書を共用し、余分に持ってきた筆記用具を貸す。


 そんな俺に夏妃が遠慮するたびにイライラする。


 被害を受ける前に防げなかった俺に対して「ありがとう」と笑いかけてくることにイライラする。


 そのせいで本当は笑顔の裏で傷ついているかもしれない夏妃に対して、優しく気遣う言葉のひとつもかけられない自分に猛烈に腹が立つ。


 最近の俺はそんなふうに、いつもイライラしている。



 この日、午前最後の授業は家庭科の調理実習で、調理室に向かう俺の隣を歩く姫香──もとい夏妃は、学校指定のジャージ姿だ。このひとつ前の授業が体育だったのだが、更衣室に置いてあったはずの姫香の制服がなぜか中庭の池に浮かんでいたせいで、着替えられなかったのだ。


 姫香の登校から下校までの間、俺はできる限り彼女のそばにいて、周囲に目を光らせている。食堂にも一緒に行くようにした。そのため彼女への嫌がらせも、面と向かっての暴言も、ずいぶん減ったように思う。同じように彼女の持ち物にも気を配ってはいるが、女子しか出入りできない場所での被害に関しては無力だった。


 またいじめを防げなかったことで苛立っている俺をよそに、夏妃の方はフンフンと鼻歌を歌いながら、足取りも軽く調理室に向かっている。小さく「とんかつ、とんかつ」と自作の歌詞を口ずさんでいるように聞こえるのは、気のせいだろうか。


「私、学校の調理実習で豚カツなんて作らせてもらったことないよ。楽しみだねっ」


 やはり気のせいではなかった。夏妃の頭の中からはすでに、池に放り込まれた制服のことは綺麗さっぱり抜けているのだろう。その能天気さに呆れ、ふっと小さく吹き出した俺の背後から、クラスメイトの男子たちがやってくる。


「姫香、またジャージ? 制服汚された?」

「汚れてないよ。濡れただけ」


 けろりとした表情で答える姫香に、男子たちが吹き出す。


 最近姫香は再び、男子からの人気を回復しつつある。中身が夏妃に変わったために、以前の姫香の受け答えとは全然違うのだが、それを『猫を被るのをやめた』と受け取った一部の男子から「こっちの姫香も可愛い」とじわじわと評判が広まりつつある。俺が行動するまでいじめを傍観していたくせに、今では俺以外にも姫香に手を貸す男子が増えてきた。


 夏妃の望みは、姫香に味方を作ることだ。


 なのに誰かが姫香に手を貸すたびにイライラする。夏妃がそいつに「ありがとう」と笑いかけるたびに、もっと早く行動できなかったことを後悔する。


 姫香が食事をするところを見たがる男子も日に日に増えていく。俺と姫香の周囲の席を確保して、大盛りの飯を食う姫香をこっそりと、あるいはあからさまな興味を持って観察している。そして以前は「小食で可愛い」と言っていたくせに、今では「いっぱい食べる女子って可愛い」などと盛りあがっている。


 あっさり態度を変えた男子たちに、苛立つ女子も増えていく。姫香から夏妃に変わったことによる変化が、「キャラ変してまで媚びたいのか」と再び女子の反感を買っているのだ。そのせいで、これまで夏妃が頭を下げて耐えてきたことも振り出しに戻りつつある。なのに何のフォローもできない自分に、またイライラする。


「中庭の池に放り込まれたんだろ?」

「うそ、マジで? 女子怖ぇ~」


 その言葉に近くにいた女子たちの表情が強張ったのを感じた俺は、周りを取り囲む男子たちを追い払い、姫香の手をつかんで引き寄せた。


「誰がやったかなんて、わかんねえだろ。適当なことを言うな。──行くぞ、姫香」

「ん? うん?」


 姫香を連れて離れた俺に、背後から不満そうな声があがる。それを無視した俺は、夏妃に向かって「アイツらとあんましゃべんな」と吐き捨てた。完全な八つ当たりで、余計な忠告だ。なのに夏妃は怒ることも不審がることもなく「あ、そっか。ごめんね」と謝ってくるので、思わず足を止める。


「は? 何──」

「確かに姫香の今までのことを思うと、男子と話すのは控えるべきだよね」


 俺の私情でしかない要求を、それっぽい解釈で納得したらしい夏妃は「でも姫香も話し相手がいないのはつまんないだろうし、女の子の友達が欲しいなあ」と呟いた。


「──お前もつまんねえの?」


 俺がいるだけじゃ不満なのかとムッとして、うっかり口を滑らせた俺に、夏妃は「平気だよ」と笑った。


「でも、このまま手をつないだ状態で調理室に行くのはまずいかもね」

「え? ……あっ!?」


 まだつないでいた手を放し、慌てて言い訳する。


「違っ、これはっ、お前がアイツらに囲まれてたからっ……!」

「うん。姫香に対する心象が悪くなんないように助けてくれたんだよね」


 夏妃は「ありがとね」と笑い、まるで弟や親しい後輩に対するような気安い手つきで、背中をポンと叩いてきた。


 こうやって夏妃は、たびたび俺のことを年下扱いする。実際の夏妃はすでに高校を卒業した社会人らしいので、俺が年下なのは間違いない。だが、だからといって年下扱いを抵抗なく受け入れられるかどうかは別の話だ。またイライラしている俺に、夏妃から思いもよらない言葉が出る。


「ホントはこうやって松任谷くんと一緒にいるのも良くないよね」

「は? 何でだよ。友美とのことは嘘だったって説明しただろ?」


 誤解は解けたんじゃなかったのかと訝った俺に、夏妃がやれやれと肩をすくめてくるのでムッとする。


「何だよ。何が問題なんだよ?」

「あのね、気づいていないみたいだから言うけど、キミは女子からの人気がすごいんですよ」

「……だったら、何だよ?」

「キミと話したい女子がいっぱいいるってこと。まあ、そういう無自覚なところも人気の理由なんだろうけどねえ」


 無自覚じゃねえし。


 今朝も朝練の後に呼び止めてきた女子から付き合ってくれと言われたが、断った。最近俺の周りに寄ってくる女子たちは、俺のことを何ひとつ理解していないくせに、勝手に押し付けてきたイメージで勝手に好感度を上げているだけだ。


 実際の俺は無力だ。不当な扱いを受けている夏妃を、未だその状態から助け出すことができていない。夏妃は一瞬で俺を救い出してくれたというのに。


「次の調理実習、俺のそばから離れるなよ?」


 姫香への嫌がらせは、所持品に対するものや陰口が主だが、たまに突き飛ばされたり足をかけられたりすることもあるようだ。普段は大した怪我にならなくとも、包丁や火を使う調理実習ではシャレにならない結果もありえる。油断できないと警戒していた俺に、夏妃がふっと笑みをみせてくる。


「わかった。ありがとね」


 そしてまた背中をポンと叩いてきたので、たまらず声をあげる。


「それ、やめろよっ!」

「えっ?」

「その、ポンってするやつ!」

「……ポン?」

「お前よくやるだろ。俺の背中叩くやつ。なんか馬鹿にされてるみてえですげえ腹立つ──」


 声を荒らげた俺の前で、夏妃がさっと顔をそらした。しまった、きつく言い過ぎたかと焦ったのも束の間、夏妃が肩を震わせながら必死で笑いをこらえていることに気づいて、カーッと頭に血がのぼる。


「──なに笑ってんだよ!?」

「だってっ……『ポン』って」

「はあっ!?」

「言い方、可愛すぎ……!」

「う、うるせえっ!」


 ついにアッハッハと笑いはじめた夏妃を壁際に追い込み、身長差を利用して上から凄んでみせたが、まったくビビらない。


「やっぱ、馬鹿にしてるだろ!」

「してないって」


 まだ笑い止まない夏妃は、肩を震わせながら口を開く。


「ごめんごめん。もうしないから。えっと、その……ポンってするやつ?」


 そう言ってまたぷぷっと笑い出すので、カッとなった俺は怒りに任せてくるりと背中を向けて歩きはじめた。けれども数歩進んだところでハッと我に返って、慌てて後ろを振り返る。


 するときょとんと首をかしげて俺を見ていた姫香の背後で、俺の隙を突いて姫香に近づこうとしていた数人の男子がピタリと足を止めた。


 こめかみがピクリと脈打つ。


 だるまさんが転んだしてるわけじゃねえんだぞ!?


「~~~っ、さっさと来い!」

「わっ?」


 さっと姫香のところに戻った俺は、すばやく姫香の手をつかみ、そのまま調理室まで引っ張っていった。

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