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信じてもらえないかもですが(みずほ台視点)

「ハァ、言い過ぎちゃったかな……」

 さきほど鶴ヶ島さんに殴られたお腹を擦りながら、大きなため息をついていた。


 鶴ヶ島さんとの言い争いは日常茶飯事だったけど、手を出されたのは初めてだった。殴られたところがひどく熱い。


 普段であれば先輩である鶴ヶ島さんがお茶を濁してくれるか、鶴瀬さんがストップをかけてくれるかで話が終わっていたはずだ。しかし今回はそのどちらでもなかった。


(昔の俺は下手くそだったから、後輩として扱われていたのかもしれない。でも今は少なくとも対等には見られていて、それでこうなったのかな……?)


 大学生以降、似たような経験は何度もあった。

 話を聞いてくれるだけ今回はまだ良い。止めてくれる人もいたのだからとてもいい環境だ。


 大学1年生の時はベンチに入るだけで、生意気だと言われて集団で暴力を振るわれることも多かった。

 結果的に彼らなりの想いを踏みにじってそこに居るのだから、仕方ないと当時は必死に飲み込もうとしていたことを思い出す。


 高いレベルにいくほど、純粋にバレーボールを楽しめなくなる。周囲との関係性や性格など、技術と関係ないところも求められはじめるのだ。

 でも高校生のこの時だけは自由に楽しくできていて、その思い出だけで先輩たちは違うだろうと、楽観的になっていたのだと思う。

 自己分析を終えて反省する。


(先輩だって人だ。浅はかだったよな……)

 そんな事を考えていると、後から声をかけられる。 


「みずほ台、今日どしたんー?」

 振り返ると、セッターの秩父さんが立っていた。


「秩父さ……、先輩」

 秩父さんは、小柄で優しい顔をした先輩。昔鶴瀬さんが「秩父はカピバラに似てて癒される」と言っていて、俺も同意したのを思い出す。

 顔のとおり普段はとてもおっとりした性格で、トスの質も柔らかくて打ちやすい。

 今までたくさんの選手のトスを打ってきたが、打ちやすさトップ3に入るセッターだ。

(ただ、サボりグセがあるのが玉に瑕なんだよな……)


「みずほ台昨日までセンターの速攻しか打ってなかったのに、サイドに回るわ、鶴瀬のサーブカットそのまま打ち込むわで、驚いとったんよ。どうやったら1晩でそうなるん?」

 なごやかな声のトーンだが、その瞳の奥には俺を見極めようとする鋭さがある。ような気がする。


「そ、それはですね……」

(『実は中身だけ未来の自分と入れ替わりまして〜』なんて言ったら頭おかしくなったと思われて、ト余計な心配かけそう……)

 なんとかこの場を取り繕おうと思うけれど、俺にそんな器用さはない。


 手のひらが汗ばみ始める。

(ど、どうしよ……)


「一晩じゃないぞ、秩父」

 突然清瀬さんが話に混ざってきて、秩父さんは不思議そうな顔をする。


「実は7月の私学大会の後、コイツに弟子入り志願されちゃってさ〜。ウザかったけど毎日、自主練付き合わされてたんだよね」

 俺の肩を叩きながら、とんでもない嘘を神妙な顔で語り始める清瀬さん。

 秩父は呆けた表情になる。


(ウザいって……。というか、よくも平然と嘘を……)

 そんな事を考えながらも、ここは話を合わせたほうが良いかもと考える。


「そ、そうなんすよ〜〜。3年生引退したら、試合出ると思って……色々教えてもらってました〜。ヘヘッ……」

 手汗どころか全身から冷や汗を流しながら、必死に話を合わせようとする。

 たぶん毛呂山さんくらい挙動不審になっている気がする。


「でもなんで、今日いきなり変わったん?」

 ごくごく当たり前の疑問を秩父は投げかけてくる。


(秩父さん頭良いから、こんな見え透いた嘘が通用するわけない……)

 直感に従ったことをすぐに後悔して、信じてもらえなくても本当の事を伝えようと覚悟を決める。


「実は、信じてもらえないかもですが……」

 そこまで言葉にすると、清瀬さんが被せて喋り始める。


「バレーボールだってエンターテイメントだからね! サプライズだよ秩父きゅ〜〜ん。でも予選では皆が合わせられないといけないから、この合宿中にお披露目しよう!って決めてたわけ」


 ニヤニヤしながら俺の方を見る清瀬さんは、さらに続ける。

「サプライズ大成功だよな、みずほ台?」


(強引にもほどがある……)

 清瀬さんは俺に同意を求めてきた。途中で逃さないという威圧感がある。


「せ、成功ですね……。でもちょっとやり過ぎちゃったかもしれませんね、清瀬さん」

 嘘を続けるのは気分が良くないけど、もうなんとかなれって感じだ。


「う〜ん。エンターテインメントうんぬんはわからないけど……、実際ここまでできてるんだから、そういうことでいいんかな? じゃあ他のアタッカーと連携取れるようにしといてね〜」

 秩父さんは清瀬さんの押しに負けたようだった。


 余計な情報を割り切って、これからについて考えようとする秩父さん。

 秩父さんや鶴ヶ島さんだけじゃなくて、先輩たちは皆そう考えられるのかもしれない。

 ただ、連携に関与したがらないのはよろしくないけれど……。


(た、助かった……)

 そう思って清瀬を見ると、まだニヤニヤしていた。


「さすが秩父! 実際みずほ台はここまでできるんだから、あとは来週の春高予選までに調整していこうぜ〜」


 バチンッ――!

「いっ、てぇーッ!!」


 清瀬さんは思いっきり俺の背中を叩いて、どこかに行ってしまった。


(ハァ、今度は背中かよ……。先輩たち意外と暴力的なんだな)

 そんなことを考えつつも、でもポジティブに繋がるなら別に良いかなと思っていた。


「ハァ、……あれ?」

 ため息をついて背中をさすっていると、ふと疑問が浮かぶ。


(ん……? なんで今、清瀬さん俺をかばったんだ?)

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