頑張りますから、チャンスをください(鶴瀬視点)
「鶴ヶ島、何してんだ!!」
誰かの大きな声がサイドラインの向こう側から聞こえて、ヤスの球出しが止まる。
「ハァハァッ、ハァハァッ……」
僕には何が起きたのか分からないけれど、シゴキ中はよそ見などできない。
(ヤスの動きに集中しなくちゃ、次はどこにくる……?)
そんなことを考えていた。
しかし僕の緊張感をよそに、ヤスはコートから離れていく。
(セット間のインターバル、終わったのかな……?)
「ハァ、ハァ、ハァ…ハァ……」
「集合しろ」
ヤスが指示を出すと、キャプテンの川越が集合の合図を出す。
「集合ッ!」
間髪入れずに、集合のかけ声がする。
(行かなきゃ……)
皆に続いて、円陣の中に入る。
「ハァ……ハァ……」
脳に酸素が回っていないせいで、この集合について考える余裕はない。
視線を上げると、ヤスに向かってみずほ台が何か話していて、対面にいる鶴ヶ島はキャプテンの川越に抑えつけられて下を向いているのが分かった。
(苦しくて、吐きそう……)
何かが起きているのは間違えない。でも今は、呼吸を整える事しか考えられない。
「はい……、水分取って」
笠幡様がドリンクボトルを渡してくれた。でも今口にしたら逆流しそうだ。
「ハァハァッ……、ありがとう」
とりあえず受け取って、呼吸が落ち着くまで待つ。
「鶴……使えま……。俺を……」
呼吸が整い始めると、少しずつみずほ台の声が認識できるようになる。
(何……、話してるんだろう)
他のチームメイトの顔を見るとほとんどが困惑した表情している。
(みずほ台のやつ、僕が使えないから……、リベロなしでレシーブさせろとか言ってんのかな……)
断片的に聞き取れた言葉でそんな感じかなと想像し、落ち込む。
(でも、申し訳ないけど、それは嫌だ……)
そう思った時には、口を挟んでいた。
「待ってください……、それはできません。もう少しだけ、やらせてください……。もっと頑張りますから、チャンスをください……」
第三者が突然声を発したからか、皆が驚いたように僕を見た。鶴ヶ島はなぜか唖然としている。
(そんな顔されるほどヒドかったんだ、僕のレシーブ……)
凹む一方だけど、だからって引き下がっていられない。ここで変わらないといけないのだと、自分に言い聞かせる。
「なんで、ですか……?」
みずほ台は、信じられないという表情で僕を見る。
「みずほ台、頼りなくてごめん。わがまま言ってごめん。でも、ここで変わらないといけないから……。狭山先生、長野高校と中学選抜の2セットだけで良いので、チャンスをください」
必ず変わると言い切れない自分が不甲斐ないが、自信がない僕にはこれが最大限だ。
「だ、そうだ。みずほ台どうする?」
ヤスが低く落ち着いた声でみずほ台に向かって言う。
「鶴瀬先輩がそこまで言うなら、分かりました……」
納得いってない表情ではあるが、そう言うみずほ台。
「鶴ヶ島は、どうなんだ?」
「はい。鶴瀬の言う通り、あと2セットはお願いします」
僕の方を見てから、ヤスにそう言う鶴ヶ島。心なしか声が震えているように感じた。
(同じ境遇の鶴ヶ島とみずほ台にダメだと言われていたのか、最悪だ……)
「分かった、じゃあ次のセットも変わらずだ。だが、ベンチメンバーはいつでも動けるようにしておけ。以上」
ヤスの一言で一旦解散となる。
※※※
「フゥ……。インターバル終了じゃなかったのか」
呼吸が楽になると、身体は水分を求め始める。
チームメイトを見渡してみると、レギュラーメンバーの半数は困惑、ベンチメンバーは嫌そうな表情をしている。
困惑するのは当然だろう。
ブレの少ない鶴ヶ島の調子が悪く、逆に発展途上のはずのみずほ台が熟練選手のような安定感のあるプレーを見せたのだから。
(さっきのセット、みずほ台の動きは良かった)
「笠幡様、ドリンクありがとう。三重高校の分析ノート見せてくれない……?」
僕のチームはセット毎にスコアをつけている。簡単なものだが、スパイク、ブロック、レシーブの本数と得点・失点が分かるようなものだ。
「す、すご……」
みずほ台の1セット目の集計結果は、スパイク得点率は80%を超え、ブロックにいたっては100%だ。彼だけで20点中8得点で、失点は1つもなかった。
(それに比べて、僕はひどいなんてもんじゃない……)
僕のレシーブ失点数が10点、全部サーブレシーブ。当然得点などない。
ヤスの前だと身体が硬直するのが治らない。
硬直を意識しすぎてサーブを打たれてからの動き出しが早くなっているように感じる。結果としてレシーブの姿勢が崩れた状態で、ボールに触ってしまっているのだろう。
「鶴瀬が分析ノート見てるなんて珍しいな〜。どれどれ〜〜?」
大きな影が僕の頭にかかり、見上げると清瀬がスコアを覗き込んでいた。
「お〜〜。鶴瀬きゅん、思ったより失点多かったね〜」
他人から言われると一層重大さを感じて、心が押しつぶされそうだ。
「うん、ごめん……。もっとできると思ったんだけど」
謝れば変われるわけじゃないのに、また謝っている自分が嫌になる。
「謝るなよ〜。俺はこのセットの鶴瀬の考えや動きに、すごい好感持ってるよ?」
明るくそう言う清瀬。
「好感……? なんで?」
予想外の切り返しで、僕は思わず聞いてしまう。
「だってセット前のミーティング通り、コートに残すサーブレシーブしてくれたじゃん」
朝練と違い優しい清瀬。何か裏がありそうで純粋にその言葉を受け取れない自分がいる。
「たしかにコートには残すようにしたけど、相手の得点の40%が僕のミスだし…。リベロとして最悪じゃん……」
(僕はなんでこんなに、ダメ人間なんだろう……)
自己嫌悪が極限レベルに達すると、僕は相手の目を見て喋れない人間なのだ。
「ハァ……。ゲーム中にしょぼくれモードは良くないと思いま〜〜す」
一つため息をついて、呆れたように肩をすくめる清瀬は言葉を続ける。
「半分くらいは後半サーブ狙われだした鶴ヶ島のエリアも拾いにいったからだろ? つか、お前自身がお前を否定し続けて、あと2セットで良くなるの?」
(僕が僕を否定……。その通りだ)
本当の清瀬は、本質を見抜いて指摘できる頭の良い人物なのだとこれまでの時間で分かってきた。
(でも過去の僕は、彼の言う事を理解できず……、不思議ちゃんと脳内で処理して、向き合うことをやめていたのだろう。ヒドいもんだ……)
「でも清瀬、朝練では全部レシーブしろって言ってたじゃん……」
本当はありがとうと伝えたかったのに、素直になれずに悪態をついてしまう。
そんな僕の文句を聞いて、清瀬は一瞬驚いた表情をするが、すぐにニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「お〜〜。ちゃんと響いてたんだ、いいじゃん……」
(なにが良いのかわからん)
ピ――ッ!
清瀬の意味深な発言について考えようとすると、インターバル終了の合図がアリーナ中に鳴り響いた。