イライラする……(鶴ヶ島視点)
――ピピーッ!
整列の笛の音がする。
(まずい、全然感覚が掴めない……)
スパイク練習の時、セッターの秩父とのコンビネーションが全然合わなかった。
サーブ練習中にレシーブに入ってみたが、思ったように上がらなかった。
(みずほ台がすごいのは驚くことでもなかったが、鶴瀬も自然と動けている。どうして俺はできていない?)
周りの求めるレベルが、今の俺にとっては異次元に感じる。
(昔の俺はこんな事ができていたのだろうか?)
ゆっくりしたトスならなんとか打つ事はできるが、明らかに打点が低い。
昔なら見えていたはずの相手コートが、ネットの白帯で見えない。
(今の身体能力と、30歳の感覚がまるでリンクしていないのが分かる)
鶴瀬が珍しくミーティングで喋っているが、話が全然入ってこない。
俺、鶴ヶ島はこの30年間、どこでも必ず実績を出せる人間だった。
そんな俺が今、初めて惨めさを感じている。
「こんな気持ち、今まで味わった事がない……」
そうポツリ呟くと、隣にいたみずほ台が声をかけてきた。
「鶴ヶ島さんポジション、変わりましょうか?」
おちょくっているのかと一瞬腹が立ったが、彼の目はマジだった。
(そりゃそうだ。身体が高校生とは言え、今このチームの中で1番すごい。いや2番目かもしれないけど……)
だけど、俺にだってプライドがある。そう安々とポジションを空け渡す事などできない。
「いや、いらん。お前と変わったとして、センターなんて俺はもっとできない」
返す言葉が消極的になっているのに気づく。
(なんなんだ、この感覚。イライラする……)
気づいたらミーティングが終わっていて、皆コートに向かっている。
俺も向かわなきゃと思った時、後から肩を掴まれた。
振り返ると鶴瀬が少し強張った顔で俺の顔を見ている。
「僕たちにとっては、10年以上ぶりの真面目な試合だよな。僕も自信はないけど、レシーブはフォローできるよう頑張るよ。だから頼って」
置かれた手は震えている。俺と一緒なのだろう。ただ目は死んでない。
(怯えた鶴瀬に頼りたくはないけど。俺のできる事を見つけよう)
鶴瀬の一言で、逃げ出したい心を奮い立たせることができた。
「ダメそうだったら、頼むかも。その時はよろしく……」
他のチームメイトに弱気な発言を聞かれたくなくて、ポツリと呟いてしまった。
「OK、頑張ろう」
そう言って、俺を追い越してコートに入る鶴瀬
「……ふぅ――」
できるだけ自分を落ち着かせたい一心で、深呼吸をする。
(現実的に考えて今の俺にできるのは、周りにカバーしてもらって、無難にのりきること。その中でできる事を増やしていこう)
「俺のサーブからか」
ボールを受け取りエンドラインの外まで移動する。
「よし」
ピ――ッ!
試合開始の笛が鳴る。
※※※
結果から言うと、三重高校にセットを取られた。
“20ー25”という結果で、点差としてはまあまあ競った感じだ。
しかし、俺個人としては信じられないレベルで最悪だった。
ヤスも俺に対しては怒りを通り越して、心配しているようだ。
こんな状態の俺が居ても競れたのは、清瀬とみずほ台のおかげだろう。
鶴瀬はいつものように怒られて、今はシゴキを受けている。
俺と同じ状況なのに、俺をフォローしながらできることをこなそうと必死に動いていた鶴瀬が、だ。
(できること何もなかった。無難に乗り切るなんて無理だった)
惨めな気持ちは増す一方で、気づくとうっ血するくらい手を強く握っていた。
「鶴瀬さん、スゲー頑張ってたのに。なんで怒られてるんですかね〜?」
球拾いをしていたみずほ台が、近づいてきてそう言ってきた。
「鶴瀬は不器用なのに、優しいから……」
そこから言葉が続かなかった。俺のせいとは言えなかった。
「なんすか、それ……」
みずほ台の言葉に、怒りがこもり始める。
「……」
「かっこわる……こんなことになるなら、鶴ヶ島さん浦和先輩と変わって、俺と浦和先輩のポジション入れ替えたほうが勝てるよ。サーブカットも俺の方が上げられる」
核心をつく一言に、声を上げてしまった。
「ふざけんな、俺はこのチームの要だ! ちょっと調子良かったからって、もやし風情が偉そうな事言ってんな!!」
悪いのは俺だと心は理解しているはずなのに、感情が抑えられない。
――ドンッ!
みずほ台は、持っていたボールを思いきり床に叩きつける。
「ふざけてんのは鶴ヶ島さんでしょ…? その意地があって、なんで鶴瀬さんがワンマン受けてるのに割って入らないんすか。 優しいから怒られてる? その優しさに甘えたあんたのせいで怒られてるって、まさか分かってないんすか!?」
その通りだ。分かっている。鶴瀬が怒られるなんてお門違いだ。頭も心も理解している。
ただ感情だけが、溢れ出したこの怒りの感情だけは、どうして良いか俺には分からない。
気づいた時には、みずほ台を思い切り殴っていた。