……用がないなら戻るよ(鶴瀬視点)
午前9時。
体育館ではウチのチームと合わせて3つの高校と長野県の中学選抜チームが各々アップをしている。
コートはメインアリーナの2面となっていて、それを4チームで1日回すので、空き時間なしという感じだ。
「空きなしは地獄じゃね……」
横でドリンクを飲んでいる毛呂山が、嫌そうな表情でそう話しかけてくる。
(今日は、ヤスにどのくらい怒られるのだろう……)
僕はといえば、またそんなことを考えている。
朝練の時とは比較にならないほど、心も身体も緊張していて
平常心といくら言い聞かせても、心は全然受け入れてくれない。
この感覚は理屈じゃどうにもならないのだ。
「おだやかじゃない……」
思った事をとりあえず口にした。
朝練時のポジティブな感情を拾い上げようと、目をつむってみる。
「大丈夫か、鶴瀬?」
不思議そうに僕の表情を覗き込む毛呂山。
「毛呂山のせいで全然大丈夫じゃない。けいおん観て癒やされたい」
高校生の時は、いつもこんな感じで八つ当たりしていたなと思い出す。
「鶴瀬氏ごめんよ〜〜。昼休憩で、一緒にむぎちゃんで癒やされような」
彼にとってはただの八つ当たりなのに、こういう時の毛呂山はノリが良くて優しい。
もしかしたら、毎回怒られ役になる僕を不憫に思っているのかもしれない。
――ガラガラ
アリーナ入口の扉が開き、各チームの顧問やら監督やらコーチが入ってきた。
――おはようございます!!!
選手一同の挨拶の声がアリーナに轟く。
――集合ッ!
各チーム監督の元に集まり始めると、先程のなり響く挨拶が嘘のようにシーンと静まりかえる。
僕らもヤスの元に集まると、今日の相手チームの情報と、1日のスケジュールを淡々と喋り始める。
「……、ということだ。長野高校は知っていると思うが、三重高校は違うベクトルでサーブが強いチームだ。鶴瀬、ちゃんとまとめろよ」
最後に僕一人にプレッシャーをかけてくる一言。いつもそうだったけど、こういうの本当に良くないと30歳の僕は思った。思いはするがNOなんて言ったら何が起こるかわからないから、YESと言うしかない。
「ハイ!」
僕は力いっぱいの返事をした。
(いつだってちゃんとまとめたいとは、思ってるんだけどなぁ……)
そう考えながらサーブ練習の中で、僕はコートに立ってレシーブとボール流しをしている。
一つため息をしていると、背後からボールをぶつけられる。
振り返ると、清瀬が手招きをしている。
「普通に呼んでよ」
ムスッとしながら近づく僕。
「鶴瀬きゅん、またヤスに言われましたな〜」
僕の心境などおかまいなしに、ニヤニヤして近づいてくる清瀬。
「……用がないなら戻るよ」
そう言ってレシーブに戻ろうとしたら、今度は真剣な口調で止められる。
「まって」
「なんだよ……」
「最初の三重高校とのセット、サーブどう対処するつもり?」
そう問われて、僕は少し考える。
「う〜ん……」
「早く〜、時間ないよ!」
話しかけてきたくせに煽ってくるとは身勝手なやつだと思うが、考えていた事を口に出す。
「三重高校はパワフルなジャンプサーブで押し込んでくるチームだから……。 序盤でペースを作られると勢いノッちゃうから、相手のサーブで連続失点はしないようにしないとね」
「ほ〜、それからそれから?」
三重高校は試合回数は少ないが、僕にとってはかなり印象深いチームだった。
全員がスパイクサーブという強気なチームで、しかもめちゃめちゃ重い。完成度の高いサーブによるこちらのミスで苦渋を飲まされたからだ。
(そういえばその時、ヤスにパイプ椅子投げられた気がする……)
嫌なことがフラッシュバックして、またゾッとする。
「セッターの秩父と清瀬には申し訳ないけど、よりAパスが少なくなると思うから、攻撃は清瀬頼りになることが多いと思う。ごめん」
「おぉ、思ったより鶴瀬きゅん冷静」
口調はふざけた感じに戻っていたけど、表情は真剣なままだった。
「相手がサーブの時は、繋いで相手コートに返す事を1番にして、ラリーの中で点取りにいこうか、清瀬ブロック自分のコース抜かれないでね」
僕自身も思考の冷静さに驚いた。選手としては普通のコミュニケーションなのに、今の自分に少し鳥肌がたった。
「オッケー、ブロックとスパイクは大船に乗ったつもりで良いよ」
ふざけている時のニヤニヤとは違う笑顔で、そう言ってくれる清瀬。
とても頼もしくて、かっこいいなと感じてしまった。
「あ…、それ試合前のミーティングで皆にちゃんと伝えてよ」
最後にそう言って、今度こそサーブに戻る清瀬だった。