悲恋~男と女のテネシーワルツ~回想編~
『あたしの愛して止まないあの人は、昔カタギの渡世人だからかな?
あたしを愛してるとは言ってくれたけど……あたしの身体には…指一本触れてこなかったよね……あちらの暮らしは如何ですか?康介さん……』
あたしが独り、そうつぶやいたのは、彼、平岩康介との馴れ初めの場所。
そう、平岩一家初代の彼のシマ内にある、一軒のカラオケバーだった。
「姐さん…やはりここにおいででしたか……」
独り酒を呑み、あの人が好きで褒めてくれた歌、テネシーワルツを独り歌うあたしに、一人の男が、そう声をかけてきた。
「やだよぉ信さん…その呼び方ぁもうよしとくれよぉ……天国に旅立ったあの人も…もちろんあたしも…渡世からぁ引退したんだからさぁ……」
あたしはそう言うと、隣の席に座る彼、現、平岩一家二代目の安西信次さんに、自分の吸うショートピースを進め、あの人の形見のガスライターで火をつけるのだった。
「……そうでしたね…申し訳ねぇ…つい昔の癖が出ちまって……俺等ぁ平岩一家も…もうヤクザじゃねぇお嬢の元からの生業だったぁ地下アイドルのマネージメント会社だぁ……
こいつぁ不器用で真っ直ぐだった先代の遺言なんです…お嬢がウチのオヤジと知り合ってウチに来てくれるなんてなった時ぁそりゃもう喜んじまって…想像できますか?お嬢……あの厳めし頑固ヅラぶら下げたオヤジがですよぉそりゃもう少年そのものでした……」
最初こそ、嬉しそうにあの人の生前を語ってくれていた信次さんだっけど、彼の声音はだんだん弱くなり、最後は泣きながらロックグラスのバーボンを一気に胃の中へと流し込んでいた。
「……信さん…ありがとう……あの人の想いも信さんの想いも…あたしの胸にちゃんと届いてるから…もう泣かないで…そんな姿の信さん見たら…あの人に殴られちゃうわよ……」
あたしの隣で彼が、声を圧し殺して泣くものだから、あたしもつられて泣きそうになった。
「…信さん……明日のスケジュールは全てキャンセルよ!今夜は明け方まで呑みたおすわよ!」
あたしはそう言うと、隣で未だ鼻をグスグスいわせている彼の頭をさして膨らみの無い胸にギュッと抱きしめてやった。