第64話 ステージ移行~ヴェルトムンド孤児院~
最初その名前をクエストで確認したときはどんだけ立派な建物なんだよと思った。しかし、実際に行かないと分からないことはある。たしかにヴェルトムンド孤児院は名前の仰々しさのとおり、鐘塔のある立派な施設だった。ただ、鐘のあったであろう場所には破壊の跡があり、鐘は見当たらない。孤児院を囲う塀には、ところどころ欠けがある。
「確かに金持ってなさそうだな」
「はいそこ、金金言わない。ステラあなたついてこないって言ってなかった?」
俺と腕組みしていたステラが答える。
「片時も離れたくないだけ。遊都のエーテルを私は吸収している」
「一緒に中に」
「中には入らない」
「しかし、寂れてんな。ここまでも治安悪そうとまでいかないけれど、ごみごみしてたな」
「ギアスの端っこだしね。人気ないんでしょ」
「さあ……ついたわよ、ステラ」
「消えた」
「消えたわね、まあいいわ入りましょう」
「すみませーん」と巴が立て付けの悪い扉を開け入る。
元は教会だったのだろう。荒廃した瓦礫もそのままにしてあり、本当にここに人が住んでいるのか疑いたくなる。
礼拝堂のステンドグラスのようなクリスタルのはめ込みに照らされる形で、熱心に祈りを届けているシスターがいた。その光景は確かに絵になるもので、廃墟としか思えない建物と、汚れ一つない聖職者の祈りはどこか違和感を内包しつつも共存して、ただただ綺麗というしかないものになっていた。
「何か」
一心不乱に立って神に祈っていたであろう、振り返ったシスターに後光が射しているのが確かに見えた。
「寄進ですか。入信ですか」
「そのどちらでもない魔力草採取のクエストについて話を聞きにきたんだが」
「そうですか」
一歩こちらに近づいたシスターから光の梯子が外れる。純白が嫌みにならない清楚さに、佇まいから発せられる静謐な美しさ。糸目からは神秘性すら感じられる。
「まだ、あのクエストを受けて下さる方がいるとは……シージエ様のお導きですね。失礼しました。私はマリアロス・シージエ。私の名が表すとおりシージエ様の信徒です。ただのマリアロスとお呼びください。それとは関係なくヴェルトムンド孤児院の管理をまかされています」
「私は巴、そっちは遊都よ。ここ教会も兼ねてるの? それにしては、めちゃくちゃね」
「いいんです。なるようになるが信義ですから。この世はシージエ様のもの。私たちはそれを間借りしているに過ぎません。生活空間は奥の孤児院にありますから、ご案内致します」
元教会の分厚い通路への扉を開けると子ども達の騒ぐ声が聞こえてきた。通路は綺麗に手入れが届いており、なるほどここからが重要なんだなと思わされた。
「あーマリアロスお姉ちゃん。何してるの?」
2人3人と現れた子どもがマリアロスに飛びついていく。純白だった服が少し汚れてしまっていた。
「こらこらお客様ですよ」
「やだー私と遊ぶのー」
「あらあらシュイ。私の修道服が伸びてしまいます。またあとで遊びましょうね」
「やだーやだー私と遊ぶのー」
「服が汚れてしまったな」
「まあいいのですよ。なるようになります」
「嫌だー僕たち今遊ぶー」
「ならしょうがありませんね」
「しょうがないんだ」
マリアロスがさらに奥から現れた子どもにもみくちゃにされる。溺れた人のように手を伸ばしながらマリアロスが叫ぶ。
「大丈夫です。なるようになります。遊びましょう。すみませんが遊都さん、巴さんも話はあとでよろしいですか」
「俺達はかまわな――」
「シュイと遊ぼー」
「俺も遊ぶとは言ってな――おいこら待て」
俺たちももみくちゃになりながら、子どもたちが疲れるまで追ったり追われたり遊んだ。ひとしきり遊んで疲れて動きが遅くなってきたころ、マリアロスが子どものいない部屋に俺達を案内した。
「お姉ちゃんは大事な話があるからね。今度こそ邪魔しちゃ駄目ですよ」
無言で疲れ果てた子ども達が頷く。
「魔力草の四番煎じですが」
マリアロスが色のついたお茶を出してきた。
「三番煎じまでは魔力草の魔力が残ってますからね。これは出涸らしですけど、これはこれで美味しいんですよ。ほのかな甘みがあって。魔力草は魔力欠乏症の症状緩和に使われます」
「マリアロスの宗教の力で魔力草ぐらいどうにかならなかったのか?」
「すみません私の力が及ばないばかりに」
「いや、責めているわけでは」
「以前は魔力草が至る所に生えていたのですが、魔力欠乏症の方も多かったこともあり、その数は年々減るばかり、安全な場所は取り尽くされ、今では魔物が出る危険な場所しか残っていません。そしてそれに見合った報酬もお出しすることが出来ません。私にできるのは祈ることぐらいです。それでもシージエ様のお導きで冒険者の方がいらして下さった。あの子達もきっと喜びます」
「命を危険に晒して報酬もないんじゃやはり受けれないな」
「遊都」
「命は無料じゃないんだ」
「それでも苦しんでいる人がいるのよ」
「だったらお前やステラが傷ついてもいいって言うのかよ」
「私たちには戦う力があるの。それとは別よ!」
俺と巴が言い争っているうちにシュイがやってきた。
「お兄ちゃんたちけんかしてるの?」
心配そうにシュイがおそるおそるやってきた。
「大丈夫。なんでもないんだ」
その時糸が切れたようにシュイが前に倒れた。
「シュイっ!」
マリアロスが悲痛な声をあげる。
「いつもの……」
「何も言わなくていいわ。なるようになるから。身をまかせて静かに、ね」
荒い息で身動きが取れなくなったシュイが俺に手を伸ばす。
「けんかはだめ、なかなおりして」
「わかった喧嘩はしない」
「やくそくだよ」
「ああ約束だ」
安心したようにシュイは眠りに落ちた。
「どうみたって大丈夫ではないが。シュイのこれは?」
「これが魔力欠乏症よ。王都では私たちは上空の魔法陣に魔力を少しずつ取られているわ。魔力やエーテルの少ない人は魔力欠乏症になると言われているわ」
「エーテル?」
マリアロスが不思議そうな顔をして尋ねた。
「私たち地球から来たのよ」
「そうですか地球人の方でしたか」
巴はすぐに食いついて帰還方法について尋ねなかった。いつもはすぐ地球地球言っているのに。さすがのこの状況では赤の他人の為に動くか。俺はいままで意識したことなかったな。
「シュイの発作の間隔が段々短くなっています。このままでは、身動きが少しずつとれなくなって、いずれ衰弱して死んでしまうでしょう。なるようになるはずなんです。けれど、あの魔法陣さえなければ……いえ、今のは忘れて下さい」
「場所は……どこなんだ?」
マリアロスの顔が明るくなって、地図をお持ちしますと奥にパタパタと駆けていった。広げられた地図によると魔力草はダンジョンも人気もなさそうな荒野地帯にあるということだった。
「遊都ありがとうね。私のわがままに付き合わせて」
「シュイと約束したからな、巴と喧嘩しないって」
にやにやしながら巴がこづいてきた。
なんだよコイツ。
えらく上機嫌な巴と宿に帰る途中で小走りのマリアロスが追いかけてきた。
「すみません。以前調査してもらった魔力草分布の地図があったのを忘れてました。これをお渡しします。シュイを。シュイをお願いします」
「わかった」
「まかせて」
「あなた方にシージエ様の加護がありますように」と、上空に展開する魔法陣を一瞥しマリアロスが祈る。
「唯一神の神託」




