褪せぬ想い出〜私は今も、恋をしている〜
ーー19××初夏。
今年の夏は、なぜかとても爽やか。
行き交う人々も団扇片手に涼しげで、汗はかくけどベタつかない。
今日はたった一人で、束の間の休日を満喫中。
鮮やかな店舗が立ち並び、露店もちらほら。
――今日はどんな服を買おうかしら。
楽しげな人々の一員となって繁華街を歩いていると、背後からふと、
「これ、君のだろ?」
と、低い声の男性から呼び止められた。
焼けた小麦色の肌に、黒の短髪。
爽やかな笑顔が、初夏の太陽に負けないくらいに眩しく見えた。
その彼が持っていたのは、レースがあしらわれた、白いハンカチ。
「――あら? 私のです。ご親切に、ありがとうございます」
どうやら落としていたようで、間抜けにも編んだ藤のバッグの締め口を開けたままだった。
「拾ってくださり、ありがとうございます」
私のハンカチを受け取ろうとしたら、差し出されたのは青いハンカチ。
「――?」
「あぁ……ごめん。これは僕の方のハンカチだ」
そう言って照れ臭そうに、彼は、青いハンカチで汗を拭きながら――
「あまりに君が、可愛らしいから、つい、見惚れてしまったんだ」
――目を逸らさずに、私に告げた。
「えぇっ、な、ナンパは、困ります」
出会ったばかりの男性に、このようなことを言われたのは初めてだった。
ナンパされ慣れている人は軽く流せるのかもしれないけれど、私はというと、そうはいかない。
私が焦りながらお断りすると、彼も同じく慌てだした。
「ああ、たしかにこんなことを急に言うなんてナンパだと思われても仕方ないな……。
――でも、僕は本気だ」
彼の様子を見て、ナンパ慣れしていない、というのは直感でわかった。
真っ直ぐで、太い芯が一本通った、お日様みたいな人。悪い人とは、思えなかった。
彼は私に、すっと手を差し伸べる。
目は合わせずに、首は垂れて。
「よければ僕と、デートしてもらえませんか?」
彼の小麦色に焼けた手が、微かに震えているのがわかった。
その様子からも、よく伝わってくる。
――彼の気持ちは、本物だと。
「――えぇ、喜んで」
自分自身、手を握り返したことにびっくりしたけれど、不思議と後悔はなかった。
なんとなく、感じるの。
――あぁ、やっと出会えたのね、……って。
気づけば周りに人だかりができていた。
それもそのはず。
だってここは、繁華街だから。
手を握り合った私たち。
囲む人々は、次々に祝福の拍手の雨を降らせてくれたから、彼は私の手をギュッと握ってひっぱって――二人笑って駆けながら、逃げるようにその場をあとにした。
◇
その後はというと。
約束どおりデートした。
ウィンドウショッピングして、
喫茶店でケーキセットを食べて、
笑い合って、
見つめ合って。
――そう、まるで。
本物の――恋人みたいに。
夢のような一日だった。
最後はお互いの電話番号を交換して、
「「また会いましょう」」
と、約束を交わした。
◇ ◇ ◆ ◆
あれから幾年もの季節を巡り、
再び夏はやってきた。
「行ってくるわね」
家の者に出発を告げ、
彼の青いハンカチをバッグに忍ばせ、
杖を片手にたった一人、かの地へ向かう。
――彼と出会った、あの繁華街。
今ではすっかり、様相が変わってしまったけれど、想い出だけは、色褪せない。
「貴方、忘れ物」
「ありがとう」
付き合いたての恋人のように、敢えて目的地で待ち合わせをしてみたの。
同じ家に住んでいるのに、おかしいでしょう?
ーー20××晩夏。
私は今も、恋をしている。