新王と市民軍 王都灰燼 3
ナジク伯爵の遺体が教会に送られた。
「蘇生に期待を持たれますか?」
死んでから大分、時間が経っているし。
ところどころ踏まれたり、蹴られたり、串刺しめいた跡が見られる。
蘇生魔法は神秘の儀式――
神聖魔法の最上級の階位にあり、使い手も地方教会でなら教区長クラスの神官が、数十人の神父とともに数日費やして成功率3割という大事業である。それだけの魔力リソースが必要となると、請求額も途方もなくかかるのは通りだろう。
「この状態で、お爺さまは...帰ってこられるのか?」
ああ、そんな軽々に死者を蘇らせないで。
考えてもみてよ。
このひと、どうやって死んだと思う?
首と鎖骨の間から、石弓の矢が貫通して――それはもう、地獄のような苦しもの中で、やや意識もあるのに市民に踏まれたりして絶命したんだよ。いささかの未練があるんだとしたら、それは憤死した時の“負の感情”のみ。
『逝きたくない、死にたくない、死なせないでくれ!!!』
って、叫んだのは確かだ。
その証拠に伯爵の目の周りは腫れてて、薄汚れてる。
涙の流れた後だろう。
「そもそも成功率は3割強。時間も経ち、状態も悪いですが放っておいてもゾンビかグールの類に堕ちるは必定。ここは一か八か...やって損はないかと」
聖職者の言葉じゃない。
教会も商売だから...ねえ。
あ、そうそう。
ここの教会、実はラグナル聖国の英雄“竜姫”信仰を掲げる別の聖女教会。
ドーセット帝国の国教である女神正教会とは、似ているけどちょっと違った教義の宗教だ。
じゃ、何が違うのか。
えっとねえ。
後輩曰く、女神の秘跡の対価は然程、高額ではないらしいこと。
つまり、蘇生魔法だね。
あたしは、死んだことないから...わかんないけど。
「相場は金貨数枚ですよ、ただ、持ち込みできる死体は新鮮なものでお願いしますね!! 成否の問題というよりも、死んじゃうと治癒魔法は意味がないですし、生き返った人も自分の身体が...『く、腐ってやがる!? ちっ、遅すぎたかー!!!』って嘆かれると思うんです..ええ、生きてるのにゾンビみたいになります」
あちゃーって思うじゃん。
別料金が発生するのは、そういう蘇生する素体の状態保全の方。
すでに自然へお帰りになった肩を呼び戻すのは...。
◇
かつて第二王子と呼称されていた、見るからにひ弱そうになってしまった青年は――コンバートル王国最後の国王へと戴冠を果たす。誰に喜ばれることもなく、また祝福もされない寂しい戴冠式であった。
近衛隊長は、新王の導き手と国軍元帥の地位を兼務する。
事実上の最高司令官となった。
彼の内心は、こんな緊迫した状況の中でも、舞い上がるような境地へと至った。
「して、まずは何から手を付ければ」
有力な貴族たちは、我先へと国外へと逃れているため、残されたのは爵位だけの貧乏人である。
いや、この貧乏貴族だって、本気で人材を探そうと思えば...或いはかなり優秀なものがあるかもしれない。
そうした者を起用できるかは、新政府の懐具合なのだけども。
「そうですねえ、逐電した不忠なる貴族と、兵力の回復が寛容でしょう!」
もっともらしいけど。
国が傾きかけた時に、手を打たずして静観した伯爵一派も同罪だ。
そして、私財をもって逐電するのは貴族の自由である。
王都から中央部は、譜代の貴族たちの領土であり、国王から功労の証に下賜した者だ。
かれらは王家に対する血の誓いめいたものがある。
が、それよりも外縁となると、地方豪族から身を起こし人質を差し出して恭順しているだけのもの。
中央集権体制が敷けるほど、成熟はしていない。




