戴冠式 内乱 14
貴族院からのざわつき。
と、同時に市民院からも似た雰囲気の“風”がふく。
本来ならば、守られるべき“羊の群”れなので、伯爵が提唱する“本物の”という立場の貴族たちに寄せる、安心感というか信頼は麻薬のような感覚がある。
船頭を求めるのも集団心理と言えそうだが...。
伯爵の手を握ろうとするものが、その場にはいなかった。
市民を含めて“却下”の大合唱が、答えとなる。
議題は単純明快に...
納税しない貴族に爵位は不要――というもの。
現状、その立場の者たちから反発は予想できたけども、市民からも挙がるとは思ってもみなかった。
これが陰謀だと言われても、伯爵は信じただろう。
とうとう、追われるように議事堂を後にしてた。
端から見れば、逃げ出したようにも見える。
彼が画策した演説の場から、だ。
「...っあの阿呆どもが! この国の富と力が今、禄に納税もしない似非貴族たちの太い腹の中に...滑り落ちていることが、なぜ分からんというのだ!!!!」
理解に苦しむとも、添えて何度も議事堂を振り返ってた。
伯爵に付いた近衛兵数名とともに、馬車へと滑り込む中――馭者ほどの高い位置から矢が降る。
彼の左肩と首の間から突き刺さり、背中へ向けて右腰のあたりから飛び出していった。
矢はそのまま、石畳に突き刺さった。
獲物は石弓で。
撃ち放った馭者はその場で自害した。
証拠隠滅も徹底したプロの仕事である。
◇
一方、伯爵の方はひどい死に方だ。
というか、痛い死に方に言い換えよう。
首から入った矢が内臓を傷つけながら進み、体外へ排出されたわけだけども。
入るよりも出たほうの出血が異常だ。
腰の裏の方は滲む程度で大きな出血に至らないんだけど、体の中はぶよぶよと水風船みたいに膨れ上がってた。
「い、いき、いき、...が...」
大の大人が涙目になる表情。
口をパクパク開け閉めしてるけど、呼吸しているようには見えない。
そうこうしているうちに...みるみる青くなる。
「閣下!!」
「治癒士をー!!!」
って声も飛び交ったけど。
議事堂前の大惨事はこれで済むことは無かった。
聞きつけた市民院の議員たちにも、凶弾が飛ぶ。
羽織の下から石弓を担いだ市民が、議事堂へ向けて押し寄せる。
そして、彼らは声を挙げて念仏にように唱えるのだ――『市民の手に国を!!』と。
秘密結社の潜伏者たちによる、最後の仕事であるようだ。
◆
領事館を出ようとしてた、あたしたちの下にも報せは届く。
ミロムとあたしはまたもや、ヒルダの友人たちによって船出を邪魔されることに。
「いや、邪魔はしないけど...事態を把握するために、今は外に出ないことが賢明だと思ってね」
止めはしないとも追加して言われた。
えっと、そこまで言うんだったら...
ミロムへ潤む瞳を向けて。
「自分でいいなさいよ、ズルイ子だなあ」
「えっと、ヒルダ。しばらくまた...厄介に」
ミロムとの問答中に、だ。
正門から珍客が現れる。
「女神正教会の者です」
帝国と教会の関係性は深い。
そこから使者として来るとしたら...
「やっと見つけた、姐さん!!」
やっぱり後輩だ。




