武王祭 騒動 29 あたしとヒルダと... 4
事態は急転直下のジェットコースター。
取り囲まれた兵士がさながら、海をふたつに割いたという十戒よろしく――ヒルダが二歩ほど歩みでると、兵士も三歩半か、それ以上下がっているように見える。
遠巻きに観察してた、三人組も不思議そうにしてた。
「帝国の治安部隊ってのは、他国の兵士をも退き下がらせる、印籠か何かを持ってるもんなのでしょうか?」
学がないので、
と、燕尾服の少女は戸惑う。
青年の方も、噂程度には暗殺皇女というのがいるとか。
その程度でしか知らない。
帝国式一刀流という化け物じみた剣の技を使うものがいる。
そうした情報は故意に、流されたものだが。
彼らの正体については、掴みどころがない。
◆
ヒルダさんの堂々とした歩みに、あたしら係累もなんとなくオドオドと、ついていくしかなく。
いったい何の冗談なのかってな具合に。
「不信感いっぱいでしょうが、この場は、私に任せてください。悪いようにはしません、この状況から抜け出せば、本筋の外交官たちが段取りをつけてくれるはずですから」
――を、小声で告げてきた。
ヒルダの背中しか見てないけど。
その背は、いつもの丸まった猫背とはとても想像のできない“ぴしっと”延ばされており。
なんて言えばいいのか、これが彼女なのだ!
とか、そう思われる立ち振る舞いだった。
確かに彼女の言葉通りに。
衛兵の囲いをたた、歩いて抜けた先に――別の異様な雰囲気の黒服さんたちが待っていた。
「さあ、ここでお別れになりますが」
「ほ、へ?」
気の抜けた声。
おっとここにきて、仲間外れですか?
「な、なんです...か?!」
先ほどまでに物怖じの一つも見せなかった、ヒルダさんが仰け反っている。
ま、あたしが覗き込んでいるからなんだけど。
髪をくしゃくしゃに搔き乱して、
「領事館までついてきたいのですか?」
「あ、そんな便利なのがあるなら、是非!!!!!」
厚かましいにもほどがある、という言葉がある。
今はそれが、あたしの行動であろう。
リーズ王国の総領事館はこの国にはない。
いや、もっと言えば、だ。
この大陸に通商条約にもにた、国交が開かれた国が殆どないと言っていい。
別にリーズ王国が、鎖国政策を敷いているわけじゃなくて、かの国にとって有益と思しき朋友がいないってだけなのだ。
民間交流はあるんだけど、ね。
その民間交流、文化交流、渡航先で国民に不利益が生じた場合...
基本は不介入。
でも、ミロムさんみたいな要人なら迷わず、精強なる王国海兵隊が送り込まれる。
目撃者、関わった者すべてを排除するっていう処理が発生し。
結果、あたしと後輩は王都のはずれで、死体になっているだろう。
「何か、事情があるようですし。...帝国領事館まで来られますか?」
その言葉を出させてしまった。
黒服の方々は外交官付きの、SPといったところなのだろう。
ヒルダの決断に、やや不服そうな雰囲気を一瞬だけみせた。
が、サングラスの奥にある目から、プロ意識なる眼光が見えた気がする。
保護対象者が増えた的なものだろう。
◇
さて、協会=魔法詠唱者協会の、コンバートル王国支局では蜂の巣をつついたような、大騒ぎになってた。理由は至極簡単なもので、先ずはあと10年は安泰だと思われた、国王の治世とその終焉、第一王子の王殺しは衝撃でしかない。
また、なすすべなく呆けてた、第二皇子の危機管理能力と、処理能力に疑問の声――これは、まあ...身内同士でありえない殺し合いを、闘技場の外で目撃すれば。
そういう事にもなるだろうって、同情しか湧かないものだ。
で、次。
協会には未だ、未確認情報になっているんだけど。
ドーセット帝国・治安部隊と思しき者により、第三王子が暗殺されたことが、混乱の最大の渦中といえるだろう。
うん、いえるだろう。




