武王祭 騒動 26 あたしとヒルダと... 1
あたしは少年を担いで逃げてた。
貴賓室からぐるっと回るように、いや、観客を盾にでもするような真似で。
これは不本意だ。
不本意だけど仕方がない。
だって、あたしの腰にある筈のブロードソードは、自業自得で破損中。
踏み台にしてガタついて、早々にオーバーホールに出している。
こういう試合に成ると、鍛冶師のおいちゃんたちも都の店閉めて、出張所なんてのを開いてるもの。
ひと試合終えるごとに、防具や武具の手入れをしてくれる。
あたしみたいに壊す奴が居るからだ。
で、
2本あったショートソードだって、今しがた...そのひとつを、盛大に溶かしたところ、だ。
手持ちの武器と言えば、残り1本のショートソードのみ。
いやあ、こうなると元来の貧乏性ってのも、でてくる。
あたしが、金に煩いのは...
そのせいも、あるんだけど――って、間合いを持たないヒルダからの斬撃が容赦なく飛んでくる。
全く...
っ本当に手加減ってのを知らなすぎる。
◇
《手加減してやってるのに...ちょろちょろと、何だって見ず知らずの王子、抱えて逃げてくれるかねえ? あれで勘の鋭い子だから...もしや。こっちの狙いを察して、いや。それも...いにゃいにゃ、そんなに回るとも思えないし》
ヒルダの舌打ちが聞こえそう。
彼女は、片腕を失ったべリアの元まで戻ると...
意識のない男から予備の剣を奪う。
観客席からのブーイングも聞こえてないし。
彼女の目はずっとあたしを追ってた――だから、会場に飛び込んできた衛兵さえも見えてない。いや、見ないでも分かる――だって、彼女、狩人だもん。
“ドーセット帝国式剣一刀流・月衝”
横薙ぎのひと太刀が、彼女の無呼吸で振るわれた瞬間...
ブーイングの声が消えた。
たぶん、たぶん...絶句させられたんだと思う。
間合いとは何か。
誰もが思う事だろう。
帝国式を敵に回すな。
戦場における、禁忌の言葉のひとつ。
幸い、ドーセット帝国は今、現在勇者と共に魔物狩りを遂行中である。
故に人の世の戦争に構っているほど暇ではない。
ま、だから...
ヒルダみたいな連中が送られる訳なんだけども。
「セルコットちゃ~ん、鬼ごっこかなあ????」
裏返ってるような、甘い声色が聞こえる。
ちらっと覗けば、
会場の砂を身体から叩き落としているように見え...
貴賓席側から迫ってた衛兵を横薙ぎで、身体ふたつに引き裂いてた。
5人が10人にされた様な、おぞましい血の海だ。
おっと...ま、マジ、、、、か?!
端目で見て、背筋に電気が走る。
こりゃあ、不味いわ。
やや気を引き締めにゃあって一寸、気が抜けたスキに前髪が目の前を舞った。
◇
僅か数秒先のあたしが今、死んだ。
気配で、仰け反ったから無事のような雰囲気だけども。
前のめりで全力疾走を、今も数秒続けてたら――あたしの頭は、ダガーナイフで串刺しにされてた。
あっぶねえ...
「外れた、か」
ヒルダの手にナイフがある。
暗殺者の御業ともいうべきか...
まだ、何か隠しているような雰囲気だけども。
男爵から盗んだブロードソードを握り直し、腰の太い革ベルトにも手を伸ばす。
《ナイフは残り2本、これまで投げると...昨晩買った肉を食うのに難儀しそうだし。...じゃあ、投げ杭となると、大降りになっちまうしでちと積かな? これ...》
目だけが、あたしを追ってくる。
もう少し行けば、ミロムの席まで戻れる。
あと少し、
そう、あとちょっと...




