武王祭 騒動 25 ヒルダの試合 6
ヒルダが振り下ろした剛剣を、あたしの一撃が吹き飛ばした。
観客が蒸発しかねない、超位級に匹敵する、爆裂魔法のぶつかり合い見たいな――とにかく、ヒルダの斬撃を相殺しつつ、互いの剣が溶けるような熱線で天空を焦がした。
「ちょっと何のつもり?」
目が座ってて怖い。
ヒルダの顔を直視できない。
左端に視線を流し...
「それ明日? それとも昨日かしら?」
女言葉とは珍しい。
ヒルダさん...あなたの手、燃えてますが?
「あちちち」
溶けた大剣を放り投げてた。
彼女が狙ったのは、第三王子だった。
これは彼女が請け負った、暗殺だ。
恐らくは、だが。
「炎耐性が高いっていいね...」
え?
「あんたも服ごと燃えてるけど、痛みとか...熱さ、何も無いの???」
不思議がられますが。
熱いとか痛いとか...普通にあります。
ただ、考え込むと、ねえ。
忘れちゃうんです。
「ま、いいけど。あんたの股下で、股間にテント張ってるガキには、さ...刺激が強すぎるんじゃないかな?」
貴賓席から、滑り落ちた少年の真上に、あたしが立つ。
今、短いスカートの中身がモロ見えだし。
燃えて見えなくてもいい、スポブラまで晒してた。
「なあ!!!」
うっわ、マジ、最悪。
◇
人を踏むと、なんと言いましょう。
「悦に入るよね、うん...分かる」
対岸のヒルダさんは、自身の腰に提げられた獲物へ手を置く。
羽織ってるだけのマント裾を、翻したから――柄の長さでちとモノ的にヤバさがある。ああ、それショートソードですよね?
あたしは第三王子を踏みつけ、そのまま間断なくヒルダも蹴り飛ばしてた。
ただ、彼女に“間合い”はない。
強いてあるのだとすれば、それは“射程”という概念だけ。
◆
翁はよろけながら、膝を突く。
心意の力でよく似た別の誰かを演じてるんだけど。
その力も、傷を負わされては持続もしない――あんたは、大叔父殿!!――なんて、第一王子から挙げられる。ただ、貴賓室の右端にある第二王子からは依然として、父王その人にしか見えない。
それも計画のうちだった。
継承させたくない第一王子が己を刺す、或いは斬るという行動は想定済みだった。
王を間近で見る者は、例えば王妃。
或いは侍女、または侍従長などの側近たち。
邪魔されぬよう、秘密結社アメジストの策略は、幽閉された王妃以外の排除にまで及んでいる。
または、不意に訪れるであろう愛人や側妾などにも、だ。
「ふふ、王子よ...錯乱も甚だしいな」
翁の声は王の声に。
苦痛に歪む顔も、刺し貫かれた腹から臓物が蠢きながら飛び出しているのも、王に見える。
王子がいくら、
『アレは父王ではない、大叔父の何某だ!』
と、叫んだところで誰も信じてくれないのだ。
事実は今、王子が錯乱して父を刺したという罪のみだ。
翁は虚ろな目で、周囲を見る。
例の三人組に軽い会釈を残し、
「衛兵よ、王子を捕らえよ...いや、決して殺すな! 生かして捕らえるのだ!!!」
と、告げてぶっ倒れた。
擬音的に――ぐしゃっと入るような雰囲気だろうか。
ラグナル聖国が、首脳会談で話し合いたかった議題は、この数年で不可解な事件・事故の報告についてだ。確かに、他の大陸から来たという新興の女神正教会や、魔法使いの地位や知的財産を守るという、奇特な組織の魔法詠唱者協会なるものも十分怪しかった。
が、法王猊下の危惧してたのは、もっと別のもの。
いわゆる、秘密結社アメジストの存在。
断片的な情報で、コンバートル王国が狙われているという話がしたかった。
そう、彼らは王国が...武力行使するなんてのは、ハナから議題にするつもりはなかったのだ。
翁はやり切った表情で絶命した。
「偽王さんもやり切ったようだな」
和装の男は扇で目端を隠し。
大往生の男の視線を切る。
「自分がしたことが正義だと思って死ねたんだ、本望だろう?」
眼下の茶番劇は、ほくそ笑むものじゃない。
追い詰められる王子と、彼を護る騎士らが対峙している。
これだけでも国は二分した。
「担ぐ、第三王子さまはどこ?」
って、燕尾服の少女が、キョロキョロと頭を動かしてた。
さあってのが二人から。




