武王祭 騒動 23 ヒルダの試合 4
「ヒルダさんを相手に手を抜けるとは思えませんが、ただ...」
後輩の呟きにミロムが添えて、
「うん、ヒルダも相手に合わせて、小兵の真似事をしてる」
あたしが締める。
窮屈そうなヒルダを見るのは、ちょっと嫌だ。
モンスターを見つけるや、
仲間を置いて、突っ走るあの子は嫌いじゃない。
それは、輝いて見えた。
ま、ヒーラーだから治癒士としての仕事も、ちゃんとして欲しいんだが。
それはそれとして、なかなかに憎めないところがある。
あれは愛嬌かな。
「ヒルダさんにも唾つけてるんですか? 姐さんは...」
やや、これは酷い物言い。
あたしの愛は公平に――。
「セルコットが尻軽のように言うのは、紅ちゃんでも赦さないよ~」
腕にしがみついてた、ミロムがすっくと立ちあがる。
他の観客からは、
『見えない!』
とか、
『喧嘩なら他でやれ!!』
なんて声が上がったんだけど、
ふたりの恫喝、
ああ?!に濁点が混じった声で凄まれると、
『どうぞ、どうぞ...こちらにお構いなく』
数人の客が席から離れていった。
えっとぉ~ これ、誰が止めるの?
◆
5分経過の闘技場。
余裕が無いのは男爵の方で、張り詰めた気力のせいで、とうとう足に疲労が出始めてた。
まだ、決定的なミスではない。
貴賓席にあるこの王国の王子たちが、男爵へ声援を送ってる。
まあ、これが八百長だと知った時、彼ら王族たちはどう思うのだろうか。
やっぱり男爵の名誉を守って...
いやいや。
ヒルダは、あれはあれでドーセット帝国の出身者だ。
ひとつボタンの掛け違いがあれば、彼女だって貴賓席に座る方だろう。
ミロム同様に。
「男爵殿、残り...4分23秒、体力がもちますか?」
ヒルダは、組み付いた折に呟いた。
肩で息を繋いでいる冒険者あがりの限界に、本気で心配してみせた。
彼の方も『これしきの事』と、突き放したかったけれども、予想以上に気力が削られてた。
「軍、用...だったか」
男爵は溜まらず膝をつく。
何が起きた訳じゃ無く突いたから、客席に動揺が走った。
気を遣ったヒルダは、
「きゃあああああ!!!」
滅多に上げない悲鳴をあげて――
足元に火炎球を放ち、爆風で飛ばされたという演出にでる。
客席真下の壁にまで飛ばされ、叩きつけられるまで装った。
何もそこまでしなくても...
――は、あたしたちの心象。
男爵は大剣を杖代わりに、漸くの思いで立ち上がる。
流石にもう振り回せるだけの力が、膝にもない。
がくがくと笑ってるのが、腰にまできてた。
「ぐぅぅぅ...軍用七法、そのひとつで...無念」
壁にめり込んで見せてた、ヒルダも必死に芝居したのにっていう落胆が増す。
「別に帝国式の、どれも使ってませんよ。ただの足裁き、初歩の初歩......私たちは、先輩、兄弟子たちを相手にダンスの踊り方を倣うんです。それこそ見様見真似で同じ動きが出来まで、そしてこのステップこそが魔法をも、一刀両断に叩き伏せる!!!!! 一撃必滅の剛剣となる」
間合いって何?
昔、ヒルダからそんな質問を受けた。
そして、あたしが彼女と本気でやり合いたくない理由でもある。
男爵と彼女の間には、4~5メートルほどの空がある。
あたしなら走り込むほどの距離で、
ミロムなら瞬歩で詰める距離で、
ヒルダなら、その場で打ち込める射程。
そう、あの子なら5メートルは遠い距離じゃない。
振り下ろしたレイピアが、まるで閃光でも放ったように見えた。
観客の誰もが、そう思ったに違いない。
あたしにもそう見えた。




