武王祭 騒動 21 ヒルダの試合 2
ヒルダの対戦相手は、
コンバートル王国のある貴族だった。
冒険者から身を立て、名を轟かせた“剛勇のべリア”。
大剣を振り回すロロ・ベリア男爵だった。
ヒルダと対比させてみると、だ。
べリアが雄の灰色熊に見え、ヒルダはそう――小型の狩猟犬みたいに見える。
いま、彼女から文句がきたので訂正する。
子供のオオカミがいいそうだ。
ま、正直...あたしからすると、大して変わりそうにもない。
このカードは本当に、余興なのだろうか。
あたしは、控室から会場の観客席へと移動してた。
言い方を変えると...
逃げてきた。
なんせ、気を許すと神殿の乙女たちが、だ。
あたしを吸おうと、果敢に挑んでくるんだわ。
これをいなし、躱し、そして踏み台にして外へと逃れる――ってなやり取りの中、どさくさ紛れでミロムも、ついてきた。手を繋ぎたがるので...後輩ちゃんがいないことを入念に確認しつつ、そっと指と指の間に手を絡ませてた。
「ひとりで出歩くと、迷子になるといけない!!」
いや、満席でもないとこで迷子はない...だけど。
あたしの手を引き、腕を胸の谷間へと引き寄せた。
「ダメだ! 私が迷子になる!」
あ、そっか。
そっちの話か...
◆
両手剣のべリア。
或いは、
大剣のべリアは有名だ。
冒険者の狭い界隈で、貴族にまで出世したとなると、伝説にもなる。
そして政治色の強い“プロパガンダ”にも。
ヒルダは、獲物のブロードソードではなく会場へ入る前、立てかけてあった武器の中から、刺突剣を引っ張り出してた。いわずもがな切り付けるための剣ではなく、鎧の間に滑り込ませ、急所をひと突きにする刺す武器だ。
より使い込めば、
いや、或いは相当の高い練度と、優秀な鍛冶師の腕が合わされば、分厚いブレストアーマーでさえ貫通しえる武器になる。
けれどもまあ、それは剣星にまでなった人物が、大業物を手にした場合に限られるわけで...
さて、ヒルダにしてみれば、だ。
帝国式の力技を行使するのならば、千枚通しも夢じゃあない。
けど...
本気ならば、自分の獲物を使うだろうなあ~
「さて、エキシビションって話ですけど...本当にそういう話なのですか?」
ヒルダが対峙する、半身で捉える男爵にそれとなく問う。
構えている訳じゃないのに、音が聞こえた。
こう、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴってな感じ、の。
「これは、ある方からの依頼だ」
会場には聞こえない。
もとより雑踏の中のふたりだけの会話。
口が動いてても読唇術でなければ...
「試合が始まり10分ほどは、それぞれが互いの技で観客を楽しませること...それが条件となっている」
やや不思議そうに、
胸当ての上に、手のひらを置く。
本国から届いた命令書。
「それは、男爵を殺さないように、ですか?」
男爵は無言で頷く。
対峙すれば、剣客じゃなくても力量の差異くらいは分かる。
その危険回避能力で、多くの冒険で名を馳せたのだ。
目の前のヒルダが何者かであることくらいは、勘でなんとなく理解はした。
図体こそは巨躯と、極小の剣客。
だが、実力では“三つ首のドラゴン”と大差ないヒルダと、“ケモノ上がり”の冒険者べリア。
外と中とで逆転しているのだ。
これで殺し合いなどは、出来ない。
いや、そもそも試合としての成立もしないだろう。
「じゃ、こっちに元帥を通じて依頼をされたのは...」
「切っ掛けこそは当方であるが、依頼者は別にある。10分経てば依頼通りに捌いてくれていい。ただし...その前にだが?」
ヒルダもため息交じりに呼応して、
首を傾けながら。
「骨が折れるってのは、こういう事を言うんかなあ。...っ、男爵さまだっけか? 悪いけどさあ、腕か或いは...足、どっちか一つは貰ってくけど恨まないでね」
だって。




