武王祭 騒動 12
神殿騎士の右手が、
ハーラルの胸当てに這って現れた。
視界で捉える前、身体に触れられた瞬間、全身から汗が噴き出してた。
これは生きた心地のしない汗だ。
そして震えさえ起きる。
「チェック...メイトです!」
少女の声が耳元にある。
耳を動かして、呼吸を捉える。
深く吸い込み、止めるまでの刹那まで。
体術・奥義“発勁”。
“鬼火”にも同じ技を使うものがあった。
流派によっては“勁気砲”とか言うらしい。
無属性のオドを至近距離から、相手に叩き付けるものだそうだ。
その威力は、巨大なハンマーでしこたま、打ち伏せるものと似ているという。
「ぐはっ!」
ハーラルはその場で膝を突き、
そのまま、意識喪失となった。
握ってた獲物は、少女の手によって簡単に奪われてたし...
まあ、これで勝負あった――的な状態だ。
◇
神殿騎士の子の剣技は、それだけで見ても、熟練の域に達していると思う。
免許皆伝者である“ミロム・バーナード”の言葉を借りれば、そういう事に成る。
左手に添えただけの剣で、相手をいなすだけの技量。
いうより困難だというし、右手は...ヤバイ。
あれは視線誘導だ。
獲物を使い分けられる。
「サシだとあんなに怖いものはない」
ってのが、ミロムの締め。
で、
「構うこたあないよ、なんもかんもひっくるめて叩き潰せばあ...いいだって」
治癒士だと言ってパーティに入った、ヒルダの言葉。
ちゃんとヒールも熟練の技だったし、キュアに高位系のハイヒールだって使えた子だった。
が、こと戦闘では前衛よりも、前にすっ飛んでいって。
――怪我をこさえ、泣きながら帰ってきた...残念な子だ。
その子の言葉は...
「信じろよ!」
「信じろと言う前に、行いを正せ!!」
“鬼火”のミロムが彼女の頭に手刀を入れる。
で、泣くヒルダを介抱するのが何故か、あたし。
「セルコットぉ~ この女、怖いよぉ~」
立場逆転。
ま、いいけど。
女の子しかいなかったパーティだ。
最初は、ノーマルだって互いに詮索し合ってたけど、ね。
長く居ると...
ほら、情。
情が...ま、感染するというか。
あれ?
って...な、なるじゃん。
◆
警備隊長は肩を落としてた。
ラグナル聖国の獅子殺しハーラルに賭けは、してた。
賭けは賭けでも、賭博の方じゃあない。
人生を賭けてたところがある。
もっとも、彼らは聖国のなすべき仕事の引き付け役だから、未だ、終わったという訳ではない。
《...っ、だが、新興勢力だからと侮ったのが間違いか?!》
いまの王国体制が存続し得ること、
その一点で“女神正教”は、この国に根を張ることが出来る。
また、王国の危機ともなれば。
《あのような技を使う騎士が...いる、か》
奇怪な技だと見えた。
ハーラルほどの武芸者から、弱点が分かったところで、死角から襲う事は容易ではない。
それこそ誘い水である。
自身がよく分かっているから、先ず、死角の対処法に何通りもの対応を用意している。
そのすべてが不発になった事が驚きなのだ。
「お前の掛け金は?」
官僚が問う。
巻貝を耳に当てた。
「それは?」
「ああ、今...賭博の元締めと話してたとこだ。今の試合で、神殿騎士のレートが変動する...穴だと思って賭けてた連中も、これからは思うように稼げ無くなるって話でな」
巻貝の方を問うたんだけど、
隊長は両手を挙げ、
「負けたよ、銀貨50枚...今日の飲み代がパアっと消えたわ」
「お前の飲み代ってのは、額が違うのな?」
高すぎると言ってる。
屋台でほろ酔いなら、銀貨2、3枚。
どこぞの店でとなれば、銀貨10枚で2時間の豪遊が出来る。
「俺の事はいい、次の試合は?」
「次は例の、王国式抜刀術の剣士。相対するは、メガ・ラニア公国推薦だな」
推薦枠の剣士とは、3回戦以降でぶつけられる予定だったけど。
公国側からの希望が、通った事らしい。
この当たりの政治的駆け引きは、分からないんだけど。
あたしの勘だけど、事情が変わったんだと思う。




