奔れ、ワンコたち 3
聖櫃騎士団の魔術師の知識は神代の賢者たちをも上回り、
あるいはこの一点、天上の神々にも匹敵するかもしれない魔術の知識を持っていた。
その一点とは、アーティファクトの分野における理解と、応用だろうってこと。
「早くから使っておけば良かったんじゃないか?!」
魔術式が格納された、魔導紋様には1つで約140文字もの英数字が格納できるようになっている。
そうした2次元コードが客車の表面に金地で刻まれ、漆塗りでコーティングされてた。
一見すると、豪華な馬車。
まじまじと見ると、異様。
馬を見たら引くレベル。
首無し騎士・デュラハンの愛馬が2頭で牽く客車。
馭者は聖堂騎士から選抜されていたが。
「この馬?! 駆け出しで百、いや千里は」
馬の方も尋常ではない。
2頭が軽く奔り出すと、背景が美術館か貴族の屋敷の壁にある一枚絵のように、するっと通り過ぎたような感覚だ。馭者の『駆け出しで百里』は大袈裟なものではなく、客車に誂えた窓には次々と連続性、繋がりのない一枚絵が切り取られたように映し出されてた。
これが使役された魔物の能力か、それとも。
魔術師がマウントを取ってしつけた魔物のことも、実のところ不確かな気持ち悪さがある。
妹柱が出発前に近づき、
「何をしている?」
帰宅寸前の魔術師と鉢合わせになった。
魔力の消費が顔色にまで出るほどの困憊ぶりには、神さまとして何かしたくなったけども。
思いとどまらせたのは魔術師本人の立ち振る舞いだ。
「構わんでいい。この協力戦線に懐疑的なのだろ?」
とは言われたが。
マディヤが賢人ぶったことはない。
優秀な護衛と、内政に長けた燕尾服の少女があって。
思慮深いようなフリを取っていたら、いつの間にか勘違いされるようになってた。
それだけだ。
「そう、でもないよ」
見え透いたことを...
とか思われたような吐息があったけど。
今更、この関係に水を差す気にはならなくて――。
「っ、人参あげようと」
「喰わんよ、そんなもの」
素っ気ないけど。
なんとなく他意が無い気がした。
無駄な事をするなって言葉と態度が不器用な人がいる。
そうしたものの典型かもしれない。
「あれは魔法生物や精霊、妖魔のような類だ。だから...」
◇
「リスクを考えなくちゃならねえ」
いつになくアグラが真剣だ。
彼は剣士だ。
当然、己の肉体を強化して、技を磨き、常在戦場として生きてきた自負がある。
己一個でもリスクは付いて回るのだ。
「こいつの動力源はなんだ!!」
「それについては我らが応えよう」
グリフレット卿が“リビング”、共用スペースに入ってきた。
それまでは拡張された空間の騎士団控室にあった。
「この拡張され空間のどこかに備えられた、精霊石というものを核としている。精霊石はそれぞれの時代では別の呼び方が...」
「まさか?! 賢者の石???」
魔術師に会った時『アレは魔法生物の類だと』聞かされたことを思い出してた。
ゆえにマディヤは、震える声を絞り出して――動力源のことを真剣に考えつくしたのだ。
また、聞かされた者はぎょっと驚きもする。
錬金術の到達点こそ、この石の獲得にある。
「ご明察! さすがは神さまのひと柱ですね」
魔力を半永久的に生み出すとか、不老長寿になるとか、或いは林檎そのものだという。
やはり各人ともに捉え方が違うものが何処か似ている気がした。
「まあ、その欠片ですね。厳密には」




