奔れ、ワンコたち 1
洋館に滞在したのは4、5時間くらいだ。
陽が西の地平線に沈みかかっている――「今夜は泊っていけ。悪いようにはせんし、聖堂騎士のグリフレットと、ライオネルの両名と10人の精鋭を使ってやってくれ。今、ふたりには特筆すべき仕事が無いので拗ねていてな、やる気を出させるためにひとつ」と押し付けられた。
使ってくれと指揮権が譲渡されたんだけど。
和装の剣士アグラが握った指示棒。
振ると、10人が右へ、左へとマスゲームのように動いて見せてた。
マジか?! これが精鋭。
「精鋭の無駄遣いじゃん」
マディヤの呟きが背を抉る。
◇
騎士団の精鋭は、甲冑を脱ぐと――普通に『人』に見えた。
いや、何だこの違和感。
「甲冑が」
アーティファクト?!
って思ったころもあったけど。
「現地人のような食事も採ることはある。が、基本的には俺たちの世界側が基準の食事になるな、栄養の取れ高は数十倍だろう。筋肉の量も身体が巨大化するほど必要はない! だから、惚れてくれても構わんぞ」
なんて。
気難しそうなイメージが先行してたけども。
アーサー卿ほどの人懐っこさの無い皆無。
だけどいい距離感のような。
「グリフレット卿もひとが悪い」
アイヴァーさんは一通りの会話で、緩衝材みたいな位置取りに落ち着いた。
シグルドさんの方はまだ。
長年、騎士団のちょっかいのせいで苦しめられてきた。
悪魔召喚や魔獣召喚などと言う現象は、招待する術式ではなく。
強制的にある世界から誘拐するようなものであると分かり易いだろう。
その瞬間はある時点を境に頻発化した。
騎士団の活動時期だ。
ある世界とは魔界のこと。
魔界以外の世界にも魔獣と悪魔は存在するけど、その世界に棲んでいる。
自然発生た下級、下等な生物であって牛や馬とも大差ない。
掘っておけば、自然発生で魔王も生まれるかもしれない。
シグルドさんの身内が攫われたわけではないけども、治安の維持のために原因を探るようになって知りえた事実――誘拐事件は、別次元の世界が干渉してきた人災だったというものだ。
んー。
なんかそれは赦されないわな。
あたしもこの世界から引っこ抜かれて、別の世界へなんて。
気が動転して、星を堕とすかもしれない。
幸い、そんな強力な魔物は術式のセーフティで防がれている。
けども。
それは召喚している側の都合でしかない。
騎士団と、和気あいあいとしてるアイヴァーさんと喧嘩だけはしないでくれ。
優雅に世界を旅するような支度の馬車ではないものが騎士団から用意された。
馬も尋常じゃない魔力を感じ、客車にも魔紋による強化がうっすらと見える。
「なにこれ?」
マディヤも感覚的に見慣れないもののようで。
神さまを出し抜くとは。
「精鋭を出すんだ、もう少し協力しようと思ったのさ。魔術師が夜なべで支度したから、アレは未だ寝ているがね。魔法・物理の戦略級耐性防御結界と、奔る距離を跳躍で飛ぶことが出来る『まじない』が施された、あーえっと... 装甲馬車とでも、呼んでくれ」
装甲馬車?
捻りが足りないなあ。
「この馬は?」
「デュラハンが跨ってる、首なしの馬だったかな? 一晩こちらで馴致させ、拳で分からせてある。存分に使い倒せばいい!! 天上の乙女神が手を貸せば、我らの気遣いも杞憂に終わるのだろうがな」
アーサー卿は嗤った。
肩を竦めた自虐的な笑い。
「準備が出来たら、頼む」




