港街の悪い噂 2
港街には立派な教会がある。
女神を信奉する教団のもので、王国の国教でもあった。
クリシュナムの領主は、従者とともに訪れて教区(司祭)長と面談してた。
「最近、きな臭い話を耳にしました」
領主は薄ら笑いを浮かべ、
「これはお耳汚しを...確かに爬人の自殺がわたくしの耳にも入っておりますが、教区長さまはお気になさらずに...」
と、目配せを従者と交わし。
教区長の眼下に皮革の鞄が置かれる。
数は2個。
不自然に歪んでいるようにも見え、
怪訝な教区長はつま先で小突いてみる――ジャララッと、金属の擦れる音がした。
「そちらは寄付で、今一つは教区長さまに」
従者が三つ目の鞄を抱えてた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
領主が教会を離れると、教区長の部屋にはひとつの影が壁に浮かぶ。
カーテンが風に揺れているから、それが窓から入ってきたのだと分かった。
「君も存外、目ざとい生き物のようだね?」
手付かずの鞄が3組ある。
明らかに“賄賂”だと分かった。
「私としては拙いところを見られた口かな?」
「それを受け取るのだと...すればでしょうか」
受け取りますか?なんて問うている。
教区長はハエでも払う素振りを示し、
「いや、教区長の給金だけで生活ができる。過ぎたるものは身を亡ぼす...という教えがあるからね」
影も鼻で笑いながら、
「懸命なご判断です教区長。さてと...一連の裏には領主が絡むと判明しましたが、」
身だしなみを整え、首から下げた女神教のシンボルに口づけ。
両手で包み込んで、
「関与の疑いのみです、シスター。まだですよ、裏を取る必要があります...ギルドの調査の方はどうでしょう?」
「“妖精の粉”で躓き、先に進めない様子。また、ギルドが秘密裏に魔法詠唱者協会に依頼したっぽい。煮詰まった錬金術サイドのアドバイスを貰うような協力関係にあるような...」
教区長は小首を傾げる。
その話に納得はしていない様子。
「信じます、か?」
「依頼はしたようですが、彼らも独自で動くとみています」
「その心は」
シスターは『勘ですかね』と残して、再び窓の外へ。
定期報告である。
鳩や鴉を介さない古風な方法で情報を渡す主義。
《なるほど、あなたの知り合いがいるのですか...》
◆◇◆◇◆◇◆◇
あたしは、町の大通りから少し裏道に入ってた。
賽の目では“可もなく不可もなく”という、ごく普通の目が出てホッとしたところだ。
これでクリティカルだったら――次に賽を振るう時が怖くなる。
ほら、幸運ってのは何度も続かないからって。
って、思ってる傍からスリに遭う。
懐から穴の開いた財布が盗まれた。
穴が開いてるからといって、捨てるのは忍びない。
空いてる穴を塞げばまだ使えるって...のはやや貧乏性か。
「――待て!」
追い詰めたはずの路地の奥で、後ろを取られたのは。
「おいおい、シケてんなあ姉ちゃん。銀貨1枚? ナリは乞食にも見えるが、黒墨の足りない指にきれいな爪、ちらちら覗くその白い肌は...エルフだろ」
よく見てんな。
ちょっと不用心すぎたか。
靴墨は落とし難いから、爪の中にまで沁み込ませたくなかったし、ボロ布で造った手袋さえあれば物乞いに見えると思った。そう、地方と大都市の差異に気が付かなかったのは、あたしの方だった。
ここいらのごろつきは、目もいいと見える。
「極めつけは、ローブ越しにでも分かる胸鎧だぜ?」
魔法使いだから、なめし皮を何枚も重ねた鎧。
金属製じゃないから音がしないと、緩くなってたようだ。
「なるほど...人の往来が激しいから他人に興味がないと思い込んでしまったか」
反省する。
他人の財布を盗むのだ、鑑定スキルがなくとも他人を観察することは、彼らにとって生きるための知恵だと知る――不覚を取ったわけだ。
「おっと、追い込んだと思わせておいて観念したように魅せる...こっちが油断したら、何をするつもりだい、エルフの姉ちゃんは?」
穴の開いた財布を投げてよこす。
ちょうど、あたしとチンピラの間に落ちた。
「いや、数えてみた...袋小路のあたしに、何人がかりで喧嘩仕掛けるのかって」
男は肩をすくめ、
「姐さんの言葉通り...このエルフは怖い人ですね?」
って、空に問う。
やや不機嫌な気分になりつつ、ちらっと上を一瞥。
あ、そういうこと。
屋根にあってこっちを窺う影は、あのガキだ。
“炎の柱”の後輩の――。