武王祭 騒動 2
「地獄の猟犬さまが何の用ですかね」
ドーセット帝国から遣わされた、間者の店はここ以外にも、あるだろって言い訳だ。
剣士の方も不思議そうな表情となって、
「いや、目についたからだ」
店主はそれで納得した。
猟犬さまは道に迷ったのだと。
帝国の裏稼業のひとつとして、傭兵がある――とは言っても、ギルドを通した戦争屋の傭兵とはちょっと違って、暗殺も請け負う汚い仕事ってヤツの方。噂が独り歩きしている、帝国式一刀流は彼らの隠れ蓑である。
ただし、剣術しか使えない縛りも生まれたんだけども。
「師匠が、依頼を...くれるって聞いたから」
遭遇した時よりも大人しく感じる。
同胞で、しかも敵意がないんだと分かれば昂ぶりが、抑制されるよう調教されているようだ。
「俺っちのところに送られてきた暗号文は、そういう事かよ...猟犬さま、鼻が利くならもう少しまともな店に行ってくださいましな」
カウンターの下から、竹の筒を取り出す。
まあ、カウンターを境に目線が上がった時の店主は、生きた心地がしなかったらしい。
だって、固まった彼の目の前に抜き身の小剣があって。
丁度、目のあたりに切っ先があった。
「あ、あれ?」
まだ、信用されてなかった。
店主が涙目で真後ろへ、尻もちをついたのは言うまでもない。
「ご苦労、さま...駄賃は、うん...他のアイテムも買ってくから...金貨で」
王国の金貨で払えとは言えなかった。
大陸違いの金貨じゃ、使用されている金の目方分で価値を決めてた。
コンバートル王国の金貨は、金と銅の混合貨幣で。
金の比率は銅に対して、2:8も水増ししてた。
他国では、(共通)銀貨10枚にギリギリ届くかくらいの価値だ。
すっげーみみっちい。
で、ドーセット帝国の金貨は“小金貨”と“大金貨”って形で流通してて、小金貨は豆金って他国、他大陸では呼ばれてた。
王国みたいに、混合はされていない純金だけど、重さは10グラム程度しかない。
ただ、それでもコンバートルよりかは...重いんだけども。
コンバートル王国は金鉱床が無い国だからなあ。
「ま、毎度~」
店主の歓喜が背中ごしでも分かる。
手持ちが豆金しかなかった剣士にとっては、ちょっと複雑な気分だ――あれ、この国ではオレ...損してる?――って抱かないことは無い。ニンジンひとつ買うのにも豆金出してるんだから。
◆
さて、金銭感覚のない帝国の猟犬は王都の路地へと消えたわけだけども。
あたしは、見事、エントリーに間に合った。
後日、鬼火の元メンバーから聞いた話では、だ。
かつての訓練校から紹介状を書いてもらうと...草試合っていう予選をしなくてもいいって話が、さ。
あって...
「なんで、それを早く言わない!!」
って、さ。
元メンバーに唾を飛ばしたわけよ。
「あんたから頼みに来なさいよ! 後輩ちゃんからコッチの話くらい聞いてるじゃろが!」
拳骨が来ると思って咄嗟に、頭を両手で覆った。
が、彼女の両手はあたしの胸を掴んでた。
えっと、こう優しく、ソフトタッチっていうの?
指先からやや興奮めいた圧を感じつつ、クラゲのような動きで...
「キモイ!!」
「な、何がじゃ!」
揉み方ッ
揉むなら、こう...指じゃなくて掌の肉一杯に!
「エッろ?! な、なん、ななななな、なんじゃ、その揉み方は!!!」
「ゆ、指先の方が嫌だよ。恐る恐るってんなら触んな、ボケ! こっちは、次、どーなるんか変わらないんだから怖いに決まってるだろ、が。同性なんだから察しろよ!! いや、こんなまな板触ったって、う、嬉しくな、ないだろ」
あたしがトーンダウンしちまった。
だって、革の乳バンドで潰しちゃっては、いるけど。
いうて、外したところでも...手の中に納まる程度の小ぶりっぷり。
後輩は“好きだ”っていうけど。




