武王祭 騒動 1
結局、彼女を泣かせることになった。
皇太后に別れを告げるため、立ち寄ったわけだ。
これは自分勝手な行動である。
自己満足であり、彼自身のケジメでもある。
流石に終わってた恋だったことは、予想外だったようだが。
老師は客人だとする、三人の腕を借りて立ち上がる。
「何をしようとしているのです?」
「そうだなあ、ボクが正しいと思う方向に漕ぎだすつもりだ!」
って意味深に残して後宮を去った。
ただし、二ノ宮の侍女は、王の夜渡りを見逃さなかった――老師の立ち振る舞いが、王に似ているから起きた勘違いなんだけど。
正室の耳に入らない筈はない。
「何ですって!!」
《あのマザコンが!!!》
正室の怒りがMAXへと到達する。
先々代王の末弟である老師との不義理をしたとして、先代王の正室であった母の肩身は狭かった。
それこそ多くの側室と似た立場でもあったという。
名ばかりの正室の座だった。
まあ、そういう意味では。
老師への風当たりも強く、国政をも占っていた一族が没落した切っ掛けもそのせいである。
ただし、国王が向ける母への愛もまた、異常だったことは否めない。
とくに先代王が隠れた後は、厚遇したくらいだから。
◇
国内でも指折りの侯爵家から嫁いだ后は、そんな国王の母親溺愛ぶりに嫌悪した。
綺麗な后だったし、表向きの出来た女性っぷりは完ぺきだった。
そう、彼女は立派な鬼嫁だったのだ。
今風でいうならば、悪役皇后というか。
うん、そんな感じ。
「如何いたしましょうか?」
侍女の方は、王と王妃の駆け引きを楽しみにしているきらいがある。
娯楽の少ない後宮では、痴話げんかほど退屈しのぎなことは無い。
が――
それに乗ってやるのも、いささか癪に障る。
「ま、祭りのことです...赦して差し上げましょう」
寛大な心を見せる。
侍女たちの思い通りには成らないという駆け引きだろう。
◆
茣蓙みたいなのを被った剣士が、魔法道具屋の戸を叩く。
奇妙なことにやや、リズムのついた打ち方だった。
「空いてるよ」
ゆっくりと扉を開けて、
戸口の上方に絡めた紐をナイフで切断した。
「おいおい。何だって俺っちの罠の仕掛けを知ってるんだよ!!」
「ズルイ、ヤツ...ミナ、同ジ」
慣れない王国語だと感じたが。
被ってた茣蓙を取り除くと――
慌てて男は、カウンターの中へ飛び込んでいた。
「この狭い中で、その飛び道具は役に立たない! マジックアイテムを壊さないよう、気を配ったつもりだろうが...オレを仕留めたくば、店ごと吹き飛ばすような覚悟、持て!!」
啖呵だけで、切りかかることは無い。
剣士だって自分の獲物が、狭い空間の中では然程意味をなさない事くらい承知しているからだ。
ただし、手元のナイフ...
あるいは腰の提げた小剣であれば、はなしは変わる。
「わーた、わーた...」
カウンターから両手を上げて主人が立ち上がる。
剣士には、怯えた細い目を向けてた。
「“地獄の猟犬”が、遣わされるなんて聞いてねえぜ?」
この大陸ではないところに、ドーセット帝国ってのがある。
軍用七法武術という流派を興した、武闘派の大帝国。
とは言っても、帝国主義の下に覇権国家よろしく、あっちこっちと戦争している訳じゃあない。
帝国式なんちゃらっていう、闘法ってのを興したヤツらって認識。
当然、戦争目的の武術だけど...今のところは、勇者さまと魔人の討伐中だって話だけんども。
その帝国に、宗家として軍人・ホーシャム・ロムジー元帥という人がある。
コンバートル王国でも、噂程度には伝わってる名として...
“帝国式一刀流”というのがソレだ。
軍用七法=
剣術(刀術)/ 槍術 / 縄術 / 弓術 / 砲術 / 法術 / 体術 で、ある。
戦場に合わせて獲物を用い、如何なる状況下でも生き残って勝利するよう鍛えられる。
元帥の弟子たちはある意味、化け物だ。
えっと...あたし?
対峙したらどうなるか...
目が合う前に逃げたくなる。
だって、あいつら負けず嫌いなんだもん。
やだ、やだ、やだ...
あんなのと関わり合いたくもない。




