カラスが見たもの、2
賢者との接続が切れたカラスは暫く、戦場址のまわりを飛んでいた。
長距離を飛んできた割にやや、体力にいささかの余裕が残っている。
仮にも賢者に育てられた者だ。
卵の時から、雛から賢者を見て育ち――精霊の使役方法について独学で初級を修めた。
言葉による拘束力は、鳴き声でも発する呪文のようなものでもなく、音だと知る。
やや低めのキーで“簡易魔法陣”が発動し、任意の精霊を呼ぶことが出来た。
声音を買えれば低級の悪魔も呼べるし。
人の声音を真似れば中級精霊も召喚できた。
さて、失った体力の代わりに中級の風精霊を召喚する。
呼び出せたはいいけど少し衰弱していそうだ。
つまり弱弱しいのだ。
環境の変化なのだろう。
この戦地址には精霊が少ない。
強いて言うと。
火の精霊の異常な濃さが目立つ。
地上に近づきすぎると、羽に火が付きかねない濃さだ。
《さて、どう降りたものか》
目をきょろきょろさせながら、
じっと恨めしそうに大地を睨む。
恨めしそうにじっと、睨んで――《この際だ、次は水の精霊も強請って教えてもらうか》
前向きなのはいいことだが。
陽も落ちかけてるし、本格的に星空が見える前に休息せねばならなくなった。
切羽詰まった状況に変わりなく。
――そんな時刻。
躊躇してたら、
南側の方が明るく輝く。
《転移、か?!》
魔法使いの眷属だ。
転移魔法は、いくつかの複雑な術式が重なって生じる、奇跡の中の奇跡。
まあ、賢者はそういう言い方を使ってた。
召喚と違う点は、呼び出す位置座標を指定して、ここに来いと命じるものであり。
転移は自分の立っている座標と行きたい場所の座標を入れ替えるものだと教えてくれた。
カラスは目を白黒させながら驚いて見せて、彼を楽しませたものだが。
入れ替える座標が道や広場に草原みたいな地なら、多少の失敗はご愛敬と笑って許せる。
これの怖いのは壁にめり込む、家屋の中でバラバラになる、空の上、海の中だった場合が最悪なのだ。
一発勝負の大博打という行為。
故に、賢者は『理論的には有効な魔法だが。この魔法は極めて高度な位置情報が、術式や術者にインプットされていないとならない。先にも申した通り、失敗の方が笑える程度ならば自業自得で。シャレにならないホラーな現象を引いたならば、目も当てられん』と雛だったカラスに説いた。
彼が理解したかは然程、重要ではなかったのだが。
《何が来た? いや、何者だ!?》
カラスは脳裏にそんな記憶を蘇らせ、暫く見守るように空高く飛んでいた。
無念だが、タイムオーバーのようだ。
仕方なく西へ飛ぶ。
陽が沈み切る前に森を求めたのである。
◆
転移のゲートは、魔王ちゃんの魔力によりその周囲が禍々しく歪んで見えていた。
あたしと、ミロムさんにエルダーク・エルフ1個小隊のみなさん。
ちゃんと借りてきたハイランド王国旗もモップ先に吊るして、担いで、ゾロゾロと。
「これ、誰か見てるようなシーンかな?」
あたしのボヤキだ。
ったく何千キロ離れてんだよ、元の地から。
あたしの心に反応したミロムさんは、指をひと折、ふた折、となりのエルフにも手伝って貰って。
「直線であれば、約4千800キロメートルのようです」
どうやって出たの、そのアホみたいな数字。




