カラスが見たもの、1
“煙水晶”の賢者は再び、傷だらけのコボルトの身体に戻った。
カラスの姿では、ひとつ、ふたつと戦場を見て回ったとこだが。
残念ながら、あたしの戦場は見ていない。
けど、ロウヒの街の診療所で――
ヤバイ戦場ってのを聞くことが出来た。
「何がって、太陽がふたつ。マジ、空に浮いてたんだぜ!!」
ヤバイのは獣人たちの頭の構造じゃないかと思った。
賢者の持つ知識、文献、かつての世界、それらが記しているすべての文献に。
太陽が二つある現象は想像できない。
飲み合わせの悪いクスリか、
或いはアルコールの摂取による酔っ払いの戯言のように聞こえたのだ。
いあ、現にその獣人は酔っ払いだった。
「――どこで、それを?」
病み上がりだからと、看護師たちが静止してくるけど。
賢者としてはその噂話に耳を傾けた。
次々と駆け込んでくる明らかにシラフではない連中が、だ。
叫ぶ言葉が、その“二つの太陽”なのだから。
「あ、ああ。北の戦場だ。ま、まあ、具体的に何処のとは言えんが。オーガの連中から、言伝を預かったんだ!!」
酔っぱらいのあんたに?の疑問は残る。
もしかすると酔っぱらいではないのかもと過った。
「酒場で聞いて」
ああ、やっぱり世迷言か。
「ギルドを通じて連邦から逃げろって、促してるんだ」
は?!
◇
潜入工作用コボルトは動かせられなくなったので。
賢者の目は再び、カラスに憑依して北を目指す――ギルド、といえば冒険者の斡旋を指す施設であり機能だ。または各種族から選りすぐられた“勘の良い”連中を集めた、世界を救うためのシステムである。
魔法があって魔道具があるのが当たり前の世界において、ギルドを介した情報の伝達速度は国も圧倒するといわれ、ギルドがその気になればどんな僻地にだって出張所が開設される。
また、表裏ともにギルドの目的は必要なところに必要な情報と人員を動員できる点だ。
運営者は評議会と呼ばれる賢者の寄り合い。
同じ賢者でも、“煙水晶”の賢人には縁遠い世界だろう。
彼が無名なのではなく、あちらが必要としなかったのだ。
『ここにきてもギルドか!!』
賢者は自称できる。
あとは他薦だな。
有名、無名に限らず賢人は研究者の出自が多く、総じて引き籠もりがちだ。
特になんの用も無いのに自分の穴倉から出てくる無自覚者が、たまに賢人と持て囃される。
これが実に多くの問題と、賢者への偏見を産んだ。
『ただの穴籠りか、実績ある穴籠り、或いは世界を救える力がある穴籠りか』
どの場合も穴籠りであるのだけど。
◇
おっと、自問してたら現場に到着――上空から戦場の痕跡をたどる。
今も生々しい焼け焦げた匂いがする。
肉の焼けた匂いに野獣たちが出て、二次被害へとつながってた。
『なるほど、確かに火力の高い攻撃のようだ。爆心地の熱気は不安定のようだし、ところどころ地表は未だ熱を持っているようだ。カラスのヤツも上手く飛べぬようだし...』
周囲から森、木々が無くなっている。
禿げづらもいいところだ。
長距離を飛ばせたカラスの休む木も無いと来る。
『ふむぅ、いったん解除するか』
カラスの接続を絶って意識は、教会の自室へ。
「何か良い物でも見れた、か?」
聞き覚えのある声音。
背中にのしかかる重圧。
重く張り詰めた空気。
今物凄く、振り返りたくない心の悲鳴。