武王祭 10
後輩の腕で立ち上がった神父は、
こう、なんていうか...歳相応の人物に見える時がある。
「相手を少し舐めすぎてたね」
って笑ってくれてるけど。
胸を借りた気分になるのは、錯覚じゃないとおもう。
あたしの剣は届いてたかに、思ったけど。
寸でのところで、叩き落されたり。
或いは...弾かれたような気がする。
まあ、神父の方も――「買いかぶり過ぎだよ」って笑ってるんだけども。
草葉の影っぽい感じの、
そう、こっそり覗いてた神殿騎士の皆さんが...あたしの周りに集まってきてくれて。
「今回の大会に出るんですよね!」
って、言ってくるんだけども。
何の話ですか。
「もう、御謙遜は美徳にも、金にもなりませんことよ~」
もう一度、聞き返しますが。
何のことでしょうか。
皆が小首をかしげ。
「だって...そんなに猛稽古されてるんで、つい」
武術大会の賞金を耳にしたあたしは、その足でエントリー会場へ。
バカ野郎!
賞金があるってんなら、早く言えよ!!!!!
って毒を吐いてたのは、受付事務員に対してだった。
◆
武王祭の裏では、国家の一大事みたいなことが、じんわりと蠢いてた。
王国の武力は確かに、ピークに到達している。
抱える魔法士や魔法剣士の人口比率は、他国の平均と比較して実に3:1となっていた。
故人の力量をも平均化して考えても、倍はある。
世界征服というの中二病めいた言葉が、実際に出来るか否かは別にしても、現実、戦争の準備は着々という印象であった。
夕闇に紛れ、老師は例の薬を用いて“王城”へわたる。
「陛下...?」
奥の院へわたる国王は、衛兵たちの目にも珍しく映った。
第一ノ宮には、国王の母がある。
が、正室の嫉妬深さから滅多に足を向けたことがない――正室と結婚してから20数年もの間、かの王は母と面識さえしていなかった。故に、祭りの宵の口で、ふらりと立ち寄ったのかと...兵士たちは見なかったことにした。
「奥の院へ行くと言い出した時は、何を考えているのかと思ったが」
と、和装の男は顎を撫でた。
老師は三人を、自分の客人だと言って伴っている。
「いや、この先の皇太后には用がある」
「!!!」
三人の動きがぴたりと止まる。
行き交う兵士は、もういない。
後宮には後宮の宦官というのがあるし、侍女などが武器を持って見回ってた。
彼女らに警戒されることなく、一ノ宮へと渡った。
◇
「失礼するよ」
と、レースの布を避けて老師が入室した。
御簾向こうに似た歳の女性がある。
いや、やや彼女の方が若い感じがした。
「へ、陛下?!」
って我が子に畏まるのは、封建社会の特徴だ。
が、月灯で浮かび上がった男を見て――「何者である!!」――と、声が粗ぶったのには少し肝が冷えた。
「驚かせたね、私の可愛い“カモミール”」
カモミールは、皇太后が好んでいた香草である。
もっとも、彼女の好みは当時の王には、理解されなかったのだが。
「それを知っているという事は」
「ああ、ボクだ。兄上にボクたちの事がバレたりしなければ...」
所謂、逢瀬の話。
他国の姫だった彼女には、王宮内に味方が一人もいなかった。
その時の助言者であり、友であったのが老師だった。
「過ぎたること...」
なんか、ため息みたいなのが聞こえた。
とりあえず彼女の中では、ひとつの区切りがついている雰囲気だ。
「もう、終わったことなのです」
やっぱり、ひと区切りが付けられてた。
この場合の男は、女々しいもので。
諦めきれないってのが拗れると、面倒くさい事になりかねない。
「――で、私に何かありましたか」
後宮の兵を呼ぶことが出来るけど、一ノ宮の騒動は二ノ宮にある正室に届いてしまう。
正室とは言え、国王の母が男と逢引きというのは、洒落に成らない。
が、本当に彼女の目から見ても、老師と自分の息子はよく似ていた。
「君に謝っておこうと思ってな」




