北方・三王国時代 ヴァーサの戦争 2
百人将“エイル”が率いる百騎の戦鹿騎兵たち。
「抜刀!」
最初は飾りのような位置だったけど。
はじめて騎乗するはずの戦鹿。
馬と違ってしなやかでバネのある騎乗動物であるけど、気位が高くて人見知りの激しいタイプだ。
馴致を施しても認めた者のみという気難しさ。
“煙水晶”の賢者が手塩に育てたうちの一頭が、姫妃に宛がわれたのだが。
いななく鹿の首に手を当て。
「興奮しなくても大丈夫。あなたにこの身を預けるから、いいかしら?」
なんて、告げた後。
彼女が乗り易いよう前足を持ち上げ、膝に足が掛かるよう配慮して見せたのだ。
「あら、御親切にどうも」
紳士である。
以後、戦鹿は彼女の号令に即して動いてた。
◇
対峙してた6千の兵士から離反者が出る。
奴隷兵や農奴兵は、兵役のある村から差し出された取引材料で。
逃げ出すことが出来ないが。
いや、仮に自由意志のようなものがあっても契約に則って、残る道を選んだに違いない。
そうなると。
真面目に兵役に就いた市民たちは、将帥の号令を無視して逃走する。
散り散りに逃げて行ったので、結果的に追撃することも出来ず――エイル隊の正面にあった隊は「盾を構えよー!!」「1列目!中段に、2列目は仲間の頭を!!」って続けて。
激突。
耳の鼓膜が爆発したような感覚。
目の前の人垣が豪快に吹き飛んだし、兵士たち自身も宙に放り投げられてた。
あっという間の出来事で。
受け身も取れずに地面に叩きつけられて――何かに踏まれた。
同じように吹き飛ばされた兵や。
戦鹿の蹄にだ。
◇
悲鳴だ。
悲鳴しか聞こえてこない。
ヘルシンキ公爵の小さな櫓から見える、ハイランドの鹿たちの豪快な突撃劇。
相手方の被害は甚大。
騎兵が走り抜けた後を追うようにして、私兵ら雑兵たちが飛び込んで乱戦に持ち込んでいるけども。
農奴兵の肉壁が異常の厚みがあった。
切りつけて、怯むどころか果敢に前へでる。
まあ、これがヴァーサ王国の最終兵器のひとつだ。
農奴にしても、結局のところ扱いは同じで。
奴隷民たちの家族を人質にとって働かせているのだから救われない。
戦い難そうな騎士の襟首掴んで、冒険者と農奴兵とが対峙して『わりぃなあ、俺たちも似た境遇で“お飯”食ってんだわ。恨みっこなしであの世に旅立ってくんなよ!!』担いでた棍棒で横から側頭部の振り抜き殴打一撃。
鈍く骨の砕ける音がこだました。
「騎士さんたちには、ちぃーとばかり刺激が強い戦場のようでよ。見ていてあんまりにも頼りねーんで、冒険者さんたちに代わってくんねえかね?ま、給料分の仕事はしねえとよ、荒くれ者で呼ばれた俺たちの立つ瀬もねえし、な!!」
ってんで。
上品な貴族私兵に代わって冒険者が参戦する。
王都を目の前にしたクーデター最高の戦力瓦解の瞬間であった。