北方・三王国時代 ハイランドの台頭 9
さて、ハイランドの旗があちこちで上がり始めた頃。
魔女ロウヒの安息地に来客が――「あら、驚かせちゃったかしら?」
大の字に寝てた幼女の頭上から声が降る。
言葉には力が宿る。
発する者が魔女同士であれば、死闘になることもあるが。
幼女っぽさが残る大魔女ロウヒは、寝床から跳ね起きると、一目散に部屋の隅へ隠れた。
四つん這いで駆け出すトコは獣のようで。
「あら、あら」
放り出した毛皮やら、掛け布団やらを拾い集める影。
時々、その影がロウヒの逃げ込んだ隅を見てくる。
「な、何しに来たのよ!!」
隅から見える怯えた瞳。
「やだ、かわいい。力量差が分かる古い魔女っていいわね?」
よかなあ、ない。
巣から落ちたヒナのような感覚。
それを見てたネコのような知覚。
「で、何をしに来たかだった... か」
古代魔法には、空間を跳躍するいくつかすべがある。
人数が増えれば当然、術式は複雑になるけれども。
いや、そうそう。
なんで訪問したのか、だ。
「セルがちょっと困ってるのね」
「はぁ?」
ロウヒはやや困り顔で。
「セルって?」
まあ聞いてくるだろうねえ。
「セルは、セル。セルコット・シェシー、当代の聖女に選ばれちゃった残念な子ね」
ロウヒの眉間に深い皴が刻まれて、
「何言ってんのよ? セルコットはあなたで、火炎球だけしか使えないようにしたのは、魔法使いどもでしょうが!! 世界を灼いた魔女を」
影はもやっとしてた衣を脱ぐ。
セル似のエルフが出てきて、微笑んでた。
「ああ、やっぱり分かるんだ。乙女神の妹神のひとりで、天界を灼いた者。ああ、ゾクゾクするわよねえ、で。まあ、それは置いといて(置くのーって声が転がってきたけども)、大真面目にセルがピンチなの! ロウヒちゃんと他の古い魔女にお願いしてもいいかなあって」
ロウヒの目が細くなる。
いや怪訝そうに、だ。
「あの魔女の根源を封印している身だとしても、あなたに従うわけないでしょう? 当代の魔王だとしても魔族のすべてが靡かないように...」
ふと、ロウヒは口を噤んだ。
見上げると、深い闇の中に逃げ込んでた筈が、反転して明るい場に連れ戻されてた。
これじゃあ彼女の言葉に魔力が乗らない。
「あ、あれ? い、いやだなあ~ ちょっと待って」
「何を待つのかしら?」
涙目の幼女を追い詰めるエルフの構図は――。
時間でも止まってたかのように、部屋の外から近習たちが飛び込んできたけど。
あっさりエルダーク・エルフによって制圧された。
「ちょっと~ その方たちも呼べるわけ?!」
血統が薄いエルフの癖にって、セリフにはスルーしている。
そこらへんに噛みついていくと。
どうも自分自身が矮小に見えて仕方ないからだが。
「ロウヒちゃんもいい加減、ね」
彼女のお願いという命令に渋々承諾する。
◇
「そもそも、なんで私の力が必要なのよ?!」
寛ぐよう魔王のセルがロウヒにクッションを与えた。
「このクッションは元々、じぶんのですけど?」
「クッションの話はいいのよ。古い魔女の助力が必要なのは、邪神が完全じゃないけど顕現した...からなんだけどね? かつて神々をこの天界から追放した時に参加した、古き魔女の合従軍が必要になった、で理解してもらえるかな?」
神々に火をつけて回ったのは魔王だが。
妹神ひとりでは革命は成し遂げられなかった。
そういう話だ。
渋るロウヒ。
「この町のご神体としては...ね」
街の防衛が弱くなると、訴えた。