北方・三王国時代 ハイランドの台頭 8
東部国境から引き揚げた国境警備隊は、6千人。
遠足は、家に帰りつくまでが遠足だ――などと言うように、将軍とその幕僚らは、直下の配下とともに、農奴兵や戦奴兵に加え、農民兵に「王国軍の義務は、王城広場で派遣任命を受けた地で解かれる! 故に、その地までは将軍の指揮下で戦功を挙げよ!!」だ。
王都を目の前にして、壁と立ち塞がる公爵私軍に対して。
自分たちは正当な軍であると、今一度、暗示をかけたわけだ。
国境警備の任務期間は2年。
彼らはその任の半分も消化していないし、同時に任じられてた他の兵とも一戦交えてもいた。
農奴や戦奴は、主人に従わざる得ない。
しかし農民兵は違う。
彼らは疑問に思ったのだ、自分たちは正しいのかと。
◇
6千人の前に対峙する“ヘルシンキ”公軍。
王都にギリギリ置けた兵は500余りと、傭兵をかき集めて400と少し。
冒険者にも戦闘参加は任意の頭数として100少し。
いやいや。
少ない。
土嚢を積み上げ、陣地化まで。
実際に戦えば6千の圧力で最初の突撃は持ち応えるだろう。
2度目はない。
「地図の上でなら隣の領だが、軍師殿の言伝が無ければ」
公爵の身支度が間に合ってない。
指揮所の奥で、鎖帷子に甲冑と用意された兜の緒を締めていた。
「報告!」
伝令兵も厚手のコートに赤い制服のよう。
「うむ」
「ハイランドの軍旗がこちらへ」
参戦している兵の将帥らが湧いた。
ハイランドの参戦に対するものと、千騎兵の勇猛さにだ。
「誠、こちらにか?!」
「はい。まもなく百人将と副官の方が参られるとのこと。で、先方より、公爵さまと直に詰めたいことがあると申されて――」
百騎の軍鹿騎兵でも、歩兵にとっては驚異的だ。
対する騎兵にとっても厄介で、かつてのヴァーサが誇る装甲騎兵は確かなる教訓を得ている。
ハイランドの軍旗はわりと役に立つ。
エルフ本人たちよりも、周囲が怖がってくれるからだが。
しばらくして――
指揮所の隣にプライベートな天幕が作られた。
土嚢だけで積み上げられた小さな砦。
包囲されれば。
「拝謁、感謝します。ヘルシンキ公閣下」
第一声は、百人将。
声音は幼く品があり、心地の良いもの。
はて、何処かで聞いた声とも。
将は兜を取って、
短く切り揃えた艶やかな髪と、編まれた束が肩にかかる。
「ひ、姫...」
彼女が人差し指をあげて、止めさせた。
「いいえ、人違いです。公爵。御前に在られるこれなるは、ハイランドの百人将“エイル”と。我らが賢者、宮廷魔術師より助力せよと仰せつかって参陣した所存です」
公爵の目が何かしら訴えてるようだけども。
彼女はその目を見て小さく頷く。
「...左様か。これが、私と直の面談な...訳ですね?」
「はい」
納得はしたけど。
小首をかしげているようなので、合点とか。
そうした域には至っていない。
ノル・ファールンの策略だとは思っていないのだろう。
未だ、符合しないだけかもしれない。