北方・三王国時代 ヴァーサを救え 4
嬉しい誤算というか。
面白いことが起きる。
ノル・ファールン王国の手先だと思われてた“姫妃”本人が、ハイランドの宿泊する教会へ現れたのだ。
当然、お忍びだし。
供回りは侍女の複数名。
気取られないよう、本人も侍女のような装束に身を包んでた。
予測も予想もしていない人物の接触。
少なくとも初めの動向調査では、反王家の方に脈があると思ってたが。
あちらは未だ何か疑ってる様子で。
機会を失った感じだろうか。
「このような時間に接触とは、少しはしたないことでした?」
姫妃かまま、異国の姫だとしても。
男衆の宿舎に侍女だけで乗り込むのは感心できないが。
エルフは高潔とか先入観のせいで、警戒心がないのかな?とも。
「エルフも人のオスと大差ないですが。他人さまの国で度のこした破廉恥はいたしません。この程度の言葉で警戒を解いてくださいとは言えませんが、我々からは手を出すことはないですよ。ところで... 王妃さまが一体、何用でしょうか?」
そう。
何しに来たのか。
「これは用向きも伝えず、無礼いたしました。実は――」
国内外の間者が追えなかった浪費の終着点の話だ。
喧嘩王から“遊び”を叩き込まれた姫も、自分なりに遊戯盤があって。
ここに駒を載せて、祖父相手に戦ってきたという。
◇
「おおまかに見積もっても、数手先で私の詰みになります。ひとつは、手傷を負って船の中で故郷の土が踏めずに死ぬか。船に辿り着けずに、民衆か軍の手に捕縛され、世紀の悪女として断罪に処されるか。この際の付け合わせは、国王陛下になりましょうか」
国を傾けた直接的な人物だ。
女に現を抜かしてたのだから当然といえば当然だ。
国難さえも顧みなかった。
「そう仕向けたのが私ひとりって、手筈ですからね」
ほう。
これは興味深い。
姫妃は実際に会ってみると、聡い少女だ。
絶世の美女という雰囲気はなく。
可愛らしい印象で、買い与えるようなとも違うような。
「ハイランドの賢者さまは何か違和感を覚えていらっしゃるようですね?」
「これは失礼いたしました。聞いてた話とは御尊顔が違うなと感じまして」
美人じゃないとは言ってない。
確かに見目麗しい姫君だが、傾国というには未だ幼く、可愛らしい女性といえて。
好色王が手玉に取られ、蛇の生殺しにされても大人しく従ってしまうような、妖艶さがない。
「ふふ... それは私の乳母の事ですね」
乳母?
政略結婚が多い王族の女子たちには、若くして子を産むことがある。
身体が十分に成長しきってないとか。
乳腺の問題でうまく乳が与えられないなどもあって。
侍女の中で近しい頃合いに子を為した女性を、乳母にする習慣があった。
家臣団から選抜されれば、家格に影響し。
どの国でも、乳母選抜は極めて重要な政治問題だった。
「――その乳母殿は大変、美しいのでしょうなあ」
ヴァーサの国王はそのまま、民衆の群れの中に放り込んでしまいたい気分だが。
娶った姫じゃなく、乳母に手を出すとか。
ないな、マジで。