北方・三王国時代 ヴァーサを救え 3
焦ったのは姫妃サイド。
姫妃本人は少し落ち着いて静観しているところがあって。
其処らへんは祖父と気質、性格で似ているかもしれない。
ただし、供回りも彼女のような胆力をもっているとは限らないってことで。
これはもう希望的観測になるのだけども、当初の計画にハイランド王国は直接、手をくだして来ないと考えていた節がある。地政学的にも、三国より外からの圧力からも、で。
なぜ、断言出来ていたかまでは、従者たちには理解できていなかった。
◇
ノル・ファールンの北西・霊峰“ヨトゥンヘイメン”の仮小屋なんて呼んでる城塞に、喧嘩王がある。
すでに王国の主人ではなくなった者だけども、彼に忠誠を誓う従騎士と、その職業軍人たる兵が2万という猛者ぞろいで――たとえ、火山に庵を構えててもその地に馳せ参じてたかもしれない狂信者たち。
「孫娘は動かぬか」
報せを受けて王が呟く。
少し期待して育ててしまったと悔いるところだ。
が、それならばやり方はいくらでもある。
「姫さまは...」
「ああ、自分の価値は見失っていないだろうが。アレが早計と判断したのだ、命が危うくなって怪我をする。ただし一命は取り止め、儂のもとに辿り着けなくては意味がない。この喧嘩王の孫娘だ、謂れなき罪科で処断されたとあれば、激昂のひとつも見せてヴァーサを火の海に沈めて」
話相手の将は改めて主人に恐怖する。
恐らく家臣の娘を養女として送り込んでも、同じ策に嵌め込むのだろうけども。
そこに身内との差はない。
実の娘でさえ生死に関係なく利用する。
「...ま、アレが自分の命を優先したのであれば、第二の手札を切る頃あいだであろう」
海を挟んだ盤遊戯のような一手。
カードは喧嘩王サイドに多くある。
「しかし」
「ハイランドの魔法使いだろ? 恐れるに及ばずと言いたいが、確かに未知数だ。山奥のさらに奥に入り込んで結界やら何やらで、己らだけは特別、特段にこの世界とは関わらないと。そんな隠遁してた田舎者どもが、ここにきてちょっかいを掛けてきたのが解せぬ」
ノル・ファールンにも各国の間者が入り込んでいる。
放置しつつ、監視して、邪魔であれば闇に誘うよう処理してきた。
すべての管理は難しい。
ハイランドのエルフが古代種の~と吹聴するほどの魔法使いであるから慎重にコトを進めてきた。
「露見、か?」
「対岸の大陸の商人どもには、大陸中央部の戦を仄めかしておいただけにございます。さらに半月前、“ビルニュス”城へ向け、ウテナ公率いる豪族諸氏連合軍が兵を挙げております。対する王の軍もいずれかの地で激突するかと」
戦になるよう突いたわけじゃない。
戦が始まる機運を見抜き、南岸に集まってた商人連中らの尻を叩いたのだ。
それで一気に物の価格が高騰した。
麦は枯渇して、肉も魚もハーブなどの香草から薬草まで。
一気に手に入らなくなったというわけだ。
「ここまでお膳立てしてやったのだ、ヴァーサの愚者どもには踊って貰わんとな」