北方・三王国時代 ヴァーサを救え 1
秘密結社の暗躍はいつも、どこかの世界で動いている。
例えばギルドの掲示板に『新ダンジョン見つかる!』なんて告知が載るとしよう。
各地のギルドには調査隊やガイドブック編纂部隊なんてのがあって、彼らが大なり小なりの噂話の真贋について調べているんだけど。そんな彼らの警戒網に関係なくすり抜けた報告書がたま~にあるってんだからきな臭い。
一応、見つかったダンジョンには其の国、其の街で有力なチョーカーが先発で潜る決まりがある。
もっとも罠だとしたら、有力な冒険者が長期不在ともなれば。
悪さがしたい連中にとっての好機。
そうやって悪事は伝搬していくわけだけども。
あたしらの感知しない北方の世界でも、今――そんな悪事が動き出そうとしていた。
◇
“煙水晶”の賢者は、主人である女帝リヒャルディスの親書を持って。
千からなる騎兵隊を率いてヴァーサへ入国した。
山岳の険しい断崖を軽々と超える大鹿に、エルフ族に伝わる伝統馴致術が施された戦鹿。
並みの軍馬よりも賢く、勇ましい。
人馬一体とよく言うが。
エルフと大鹿の間に手綱はない。
お互いの信頼があってこその騎兵という事なんだが。
「あら」
思わず片目だけ瞑ってた賢者のひよった声が、口の葉に乗って外に出た。
「如何されました?」
宮廷魔法使いには多くの弟子がある。
取ったつもりがないのに、女帝が『いいのが居た』と連れてくるので大所帯で。
その中で特に優秀なのをひとり。
助手として連れてきたが。
「この先で関所の門が閉められている、どうしたものか」
使いを出せば問題なく関所は通れるだろうけども、同時に千騎兵の行動がその日から監視されることになる。いや、そのまま喧嘩王の戦略図に駒として乗っかる事になるだろう。
最悪、兵士と大鹿は引き離されて――。
「半日遅らせられますか?」
おい、弟子よ?
「半妖どもに協力を持ちかけておきます」
「無茶はよせよ? 見返りがおまえでは割に合わないのだから」
青年はこくりと頷き、左目を覆う仕草。
「これを先ずは担保に。賢者の回復魔法で治してくださればチャラですし。とは申しても、あちらはたぶん魔法使いの目玉よりも気に入ってくれると思うので」
また、意味深な。
――数刻後。
関所の門が開きっぱなしで放置されてた。
片側半分を眼帯で覆う青年が賢者の隣にあって。
「担保の目よりも、良いものである。千里とは言えぬが十里か百里は見渡せよう。故にもう、無茶はよせよ? 淫魔と取引してその程度で済んで本当に良かった」
生気を吸い取る悪魔だが、半妖に分類されるの淫魔は撃退に必要なレベルが低いからだ。
それでも事前に居ると分かっていることと。
撃退する為の準備が必要で、それらを怠れば対応レベルは格段に上がるのは道理だ。
あれらが満足しなかったら。
考えるだけでぞっとする。
「賢者の護符がありますから」
「過信や慢心は怪我の原因ぞ!! 肝に銘じておけ」
だが。
これで関所通過の報せは、王都到着と同時になるだろう。




