北方・三王国時代 乱世 4
ヴァーサの南方国境には、ラドガ海という海峡がひろがっている。
対岸には中央大陸の北方地域があって。
ここいら一帯の士族たちを豪族と呼んでいる。
両地域ともに海峡を挟んだ物理的な国境線というのは、なかなかに侵しにくい。
かつて諸豪族を束ねた英雄のような、武人が現れたことがある。
この時代の中心は、北方三雄であって。
数百年後のナーロッパではない。
◇
この武人の率いる諸豪族軍はそれなりに強かった。
結果を言えば、まだ、力不足。
ナーロッパ神話時代を支える物語に対しては抜きんでたものではなく、世界が魅せる一時的な気の迷いのような、特別なことで――ヴァーサ王国だけで対処できてしまった。
もっとも炊きつかせたのは対岸の者たちだ。
いあ、正確にはノル・ファールン王国にあった、秘密結社“煙水晶”による仕業だ。
『あれは短慮だった』
賢者が頬杖をついて物思いにふける。
本来の軍事研究なんかに手を付けずに、だ。
将校や士官らが不思議そうに見ていたのだけども、お構いなく。
『陸続きであれば英雄“スチール”も活躍できただろう』
今から100年と少し前。
神代の阿呆どもが残した“魔神の心臓”という爆弾めいた術式により。
世界は滅びかけた。
ま、これらが発端で勇者6人を捧げれば、邪神という異界に干渉できるのではと“結社”は考えた。
実際に実行したのは“紫水晶”の宗主その人だけども。
『魔神の~も、宗主が「面白そうだから」だったか。てめえらの探求はてめえらで...って示し合わせたもんだが、世界を壊すなんて聞いちゃいねえしなあ。もっとも、その世界が危機と判断した折には、自浄作用が働くってのは理解した。狂人どもめ、次はそのギリギリを攻め始めやがって』
頬杖をやめて。
額を激しく卓上に叩きつけてた。
英雄王“スチール”に限らず、各地には魔神騒動の頃に顕現した“13英雄”がある。
いや、もう代替わりしているのもあるだろうから、その血筋の者たちと言い換えよう。
「おい、そこの将校!!」
羊皮紙で作られた書籍は重い。
何せ大変な労力を掛けても所詮は獣の皮で出来ている。
重ねて束ねれば箱型で運びやすくなっても、木綿紙と違って嵩が増していた。
劣化しないようにとか、あるいは紙が歪まないよう、重しとして表紙・裏表紙はさらに厚く誂え。
せいぜい2冊も持てば腰にクる重量となるだろう。
そんな書籍を運ぶ、王立書館の将校だが。
「は、はいぃ!!」
声を掛けてもらえるような身分でもない。
客分とはいっても国軍兵の訓練教官で、千人将の肩書もある老魔法使い。
「英雄王についての書はないか?!」
気になると調べたくなる性分は治らないようで。
賢者の賢者たる資質なのだろう。