北方・三王国時代 乱世 2
“煙水晶”の賢者は同時にもう1か所、人知の及ばない離れ業をやってのけることができる。
ヴァーサ王国の軍事顧問という魔法使いが今の身分。
客分扱いで兵士の訓練や将校の育成に努めている傍らで、自由な研究ができるという肩書だが。
多少厄介な研究をしていても。
王国としてのスタンスは――「そんな者は知らない」と、押し通せると考えていることだ。
◇
ハイランド王国とヴァーサ王国の位置関係は、かの国の南側にあるという点。
主要交易港を押さえているヴァーサにとっては海運業は国家収入の要であり。
まあ、生命線である。
で逆に、三国を結ぶ主要街道はハイランドが掌握している形で。
対岸のノル・ファールン王国とどう同盟を維持するかで、国がひとつ消えかねないバランスだ。
「――また、羊毛の値が上がったそうだぞ!?」
場末の酒場。
女中のひとりも居ないので、ほぼ飲みたい奴はセルフで行動する。
先のアレは、海上警備から戻ってきた衛兵のぼやき。
これはまあ、帰りを待つ女房殿の愚痴が夫の口から漏れ出たものだが。
海上封鎖されているなんてのは初耳だ。
「先週は、果実だったか?」
ヴァーサよりも南方にある国々は“どんぐり”のような船で交易している。
対波性は高いが、速度の出ない船が多い。
代わってヴァーサ王国が鍛えた船大工たちの仕事は見事だと称えられる。
海竜か、水龍などを髣髴とさせる頑丈なつくり。
海を切り裂いて奔る疾走感。
特産品の装飾宝石や、鍛え抜かれたドワーフ産の武具や防具などがを、一度で大量に運ぶことができる。まさに革命的で、想像を絶する美しい佇まいがあるという。
まあ、デメリットがあるとすると。
操作する水夫らが多いので人件費が嵩むという点だ。
「海賊が出ているって噂も、聞いたことがないよな?」
衛兵の声音に耳を傾ける者があった。
対岸の卓上で腸詰肉を転がす老体で...
客分の魔法使い――“煙水晶”の賢者が居合わせてて。
実験三昧だったから息抜きに外に出た。
『興味深い話だ』
いつかの何処かというタイミングで、戦争の火種は育ててみようと考えたことがある。
今、まさにヴァーサでその企みが進行しているような、そんな気配が。
いやきな臭さを嗅ぎ取ったところだ。
『ハイランドの王位継承に絡む物か、あるいは...』
酒瓶を下げに来た酒場の主人と視線が合う。
「爺さん、あんまり飲むと毒になるぜ?」
酔いたい訳じゃないから切り上げてもいい。
ただ、スペアリブは絶品だったから、麦酒の1、2杯は煽りたい気分で。
「じゃ、もう1杯」
「最近、麦もちと、高くてなあ」
便乗値上げじゃなかろうな、と。
顔に出そうになって俯く。
「ここからは少し高くなるが?」
駆けつけ三杯までは通常料金。
飲み放題セールなんてないから追加料金は割増しになる。
まあ、もっとも。
ワインは気が抜けたらOUTなんで飲みかけのブレンドなんて汚い話はなくて。
麦酒は肩を竦めたくなるような扱いは、あるかな。
「じゃ、ワインをひと瓶貰おう」
へいって上ずった声。
ワインの方はもっと値が張るんだけど、混ぜ物よりかはマシだ。
いあ、伏せた目の端に。
奥から厨房の若いのが出てきて、飲み残しの麦酒を酒瓶に戻してたのを見れば。
誰だって飲む気が失せるってもんだ。
「前金だ、多ければテーブル席の連中の驕りに」
国王の横顔が刻まれた、大金貨を亭主に握らせる。
細かいカネと言ったらそれしかなく。
「マジかよ?! ...っでもよお。これっぽち、カウンターに張り付いてる流れ者さんくらいで消えるぜ」
足元を見られてるわけじゃない。
物価がソコまで高騰しているということだ。
金貨1枚の価値が銀貨数十枚まで下落している事実。
◇
研究棟に戻った賢者は、若い将校を捕まえる。
「この国は今、どうなっている!!!」