港街の悪い噂 1
クリシュナムは、王国の中でも指折りの観光名所だ。
珊瑚礁が削られて星のような輝く砂浜と、
碧色の海、
透き通った青い空が恋人たちを惹きつける。
夕方になると、若者向けの雰囲気からぐっとロマンチックな風貌へと変じた。
魔法詠唱者協会にとっても、この港での収入源は死活といていい。
そして、最近、きな臭い噂が流れるようになった。
よくない薬の話だ。
「妖精の粉?」
エルフの私が口にするのも変かもしれないけど、
「小さな人が翅を生やしてる?!」
懐疑的。
いや、居ないとは言わないけど。
夢もロマンもないことを言えば、あれはヒトの姿なんて...
「“妖精の粉”は錬金術で使われる秘薬の方で、蛾のような変異ものの方じゃないんです」
うむ、トッド君も知ってたか。
マイナスイオン溢れる、深い森の奥にある神秘的な泉――という眉唾な話の唆されて、妖精を探したものは少なくはない。アレは、人族に幻覚と魅了を魅せて惑わし、本体であるという魔物に食わせる疑似餌だという。
その疑似餌の正体は、蛾だ。
鱗粉は確かに魔法薬ではあるけど、害でしかない。
いや、毒だといってもいい。
「出回ってる薬というと?」
巫女が念写した、写し絵に目を通す。
観光客らしい服装の爬人が、路地の影あたりで横たわっているように見える。
「これ、何に見えますか?」
「いや、ドラゴニュートでしょ?」
珍しいけど亜人だし、竜人族もバカンスに来るでしょ。
「解剖した限り人でした」
高位の鑑定スキル持ちが、複数人ランダムで判定したという結果を聞かされても、未だに理解が追い付かない。
理解できないのは、爬人だと思う彼の生前を知らないからだ。
「そう、鑑定士を疑うわけじゃありませんが、結果を知らない250人すべてがそれぞれに“この躯は元、人族だった”と告げたことなのです。この一件だけであれば、突然変異だとして処理もされました...が」
ほら来た。
続きが。
「協会に調査依頼が来たのは11件目――同協会の研究者が犠牲になったからです。身内びいきと、後ろ指さされるかも知れませんが、冒険者ギルドでも、同様の調査が行われておりました。我々も調査するとなると、重複することになりますので静観してたんですが」
そうも行かなくなった。
犠牲者は、お土産の縁結び護符の販売者だったという。
魔法使いではなく、錬金術師。
妖精の粉は、遺体のいずれにも吸引したような痕跡があったという。
「えっと、あれの薬効って」
「状態異常の鎮静化や魔法耐性の強化など、調合によって多岐に分かれますね」
そうだ。
ポーションにも一部が利用されることがある。
消費期限が早くなるので、あくまでも金持ちの道楽みたいなものである。
あ、えっと――分かりやすく言うと、酒樽に花の香を加えるとか、スモークなどの焦しを加えて味覚を変えるなどとやや、似ているところがある。ポーションの場合は、ほんの少し効果に色、いや箔が付く感じだ。
銀貨20枚で買えるハイポーションが、金貨1枚にまで高価になっても、特効は20枚に毛が生えた程度であると知っているものは少ない。
あたしが言うのもアレだけど、妖精の粉は飲むより、傷口にすり込ませた方が効果はある。
「妖精の粉には常習性は」
「はい、ありませんね。錬金術で生み出された便宜上、そう呼んでいるだけの粉であるわけですけども、協会ではステータス異常が発生したから“妖精の粉”を吸引したのではないかと睨みました」
その回答は冒険者ギルドも到達しているだろう。
私たちも恩恵を受けている。
ただ、路地裏?
「見た目が爬人になっていることも関係があると思います」
怖くなって逃げ込んだ説と、強い光が急に苦手になった。
いや、衝動的に人目を避けたとみるのが正解だろう。
「セルコットさんとボクたちは、秘密裏に調査を開始します」
「ってことは――」
仲介者も立てず、変装しながら互いに意識しあって隠密行動ってことだ。
「門を潜ったその時から、単独になりますが...」
互いに交信が取れるよう、魔法の柘榴石を交わして別れる。
トッド君は旅芸人で、
アタシは物乞いに...
どちらもフードの手放せない人物像。
クリシュナムの街は、薄昏い変死が起きている街には見えない、観光明媚な顔がそこにあった。