《三本爪》の勧誘 1
シグルドさんの通り名は《三本爪》。
特殊な手甲にマウントされた刃が、三本爪のような傷跡を残すことから名づけられた。
かつて刃は四本だったようだけど。
癖だろうね。
いつの間にか気が付いたら、四本が三本になってたという。
「マジか?! かっけえーな」
アグラとふたり。
男同士で意気投合するシーンがあった。
いつか前までは対峙してたが。
すっかり呑み仲間だ。
「俺の倭刀にも謂れくらいはあるんだぜ?」
鬼人だった男の武勇伝。
いや、その兄の武勇伝だ。
「ふたり、楽しそうだよね」
って少し寂し気な雰囲気をみせるマディヤがあって。
燕尾服がチェストの上に畳まれた傍のベッドに少女がある。
彼女になった従者だが。
「やっぱり混ざりたいですか」
マディヤにすれば素は、今だ。
長年貯金してた魔力で少しずつ容姿を替えて、男の子になれて外見相応のやんちゃしてた。
が、夢も冷めた感じなのだろう。
溜めてた魔力が散ってしまって。
「う~ん、出来れば」
肩を落とす少女も愛おしい。
◇
回復したナシムがシグルドさんへ改めて。
「ポーション代です」
布製の包みを差し出す。
だが、シグルドさんは受け取りを拒否した。
「アグラから貰っている。二重取りになるのは避けたいんだ」
「そうですか」
口を尖らせる少女へ。
「何故、こちらの連絡手段を知ってたんだ。アグラは単に用心棒で、細かい事はお前さんに聞けと」
ナシムにも未だ仕事があった。
やや明るい表情になった娘は、
「わたしたちの一族がオオカミと親交があったんです」
整理すると。
ゴルゴン族と魔狼族とは魔界の知己という。
三女神のひと柱に請われて眷属に入り、魔界から出た一族。
乱破との連絡網に調査の共有などは、ハトで行っているのだとか。
「なるほど、部外者は俺か!!」
ナシムが慌てたけど。
シグルドさんが揶揄ってるって気づいてくれた。
「そうなると、アグラが旦那と呼ぶ彼女は?」
「乙女神の妹柱になります。竜を御する少女神は、彼女さまを指したものでして」
と、なると。
旅をしている理由と、結社の内側へ潜った理由が気になる。
結社の話もアグラが一通り、まあ、勝手に酒の席で話してしまっていた。
情報の漏洩ってヤツだな。
「郷の最長老が、妹柱さまに請われて名付けられた名が“マディヤ”でして。以後、わたしたちはマディヤさまに付き従って、各地で悪さをする蛇の躾に奔走しておりました。半分は姉柱がひとつ乙女神さまからの変事に対する調査依頼。いまひとつは妹柱さまの趣味の温泉巡りでして」
その道すがらに、人々を救済してたら結社に声を掛けられたのだという。
さいしょこそ結社の理想は高潔だったと。
「さいしょ?」
「半世紀前くらいです」
高度な知識と、身の丈を越えた御業。
エルダーと呼ばれる種族が遺した神代の御業をも超える知識と技術、そして力。
継承するごとに劣化せずに精度が増す恐怖。
「ちょ、ちょっと待った。さいしょの結社と今とで違うのだろ?! 俺たちが相手した“紫水晶”は、せいぜい悪知恵の冴える人種族でしか」
ナシムは首を振り。
「アメジストは彼らが創った劣化版、もともと四つあった組織がひとつになって、頂点に君臨しました。五つ目にして最強、最高のグランドクラン。初期メンバーの限られた者は不死も得ているとの事です」
不老ではなく不死性。
前者の方が未だ、世界法則から外れていない。
アンデッドの不死性は聖魔法で覆るものだから完ぺきではない。
が。
五つ目の組織は、それをも克服していそうだ。