《蛇目》が奔る 3
情報の整理だ。
あまり役には立たないけども、先ず、目の前の視覚情報から。
聖都の場末にあった安宿に併設された酒場から。
カウンターまでに椅子付の卓上は、手前に2脚。右手から奥へ4脚と、左奥へ3脚。
どちらも3~4人が座れる広さがあった。
酒に踊らされてたくたびれた魔術師くずれは、左の最奥に陣取ってたが。
今のアイヴァーさんの卓上は、酒場のずっと奥にある角の隅だ。
身なりのいい男からは、店内の統べてが見渡せる。
壁の沁みは向きが、ぐるっと反転してたわけで。
◇
『また、難しい顔をしているぞ?! 喰え、喰え!!!』
男に笑われた。
爽やかすぎるイケメンにだ。
魔術師特有の匂いはない。
好感がもてる香水のような香りがするので、身分は高そうだが。
手から分かる職業判断――爪が揃ってキレイで艶がある。指も細く女性のような繊細ささえ感じる。
無念、貴族って一括りしたくなる。
服装から分かる職業判断――外套の生地は遠出に向かず、かといって過度に豪奢でもない。よくなめした皮革が使われているようなので、金に困る立場でもない。腰に提げたショートソードは護身用で、上衣の装飾もごく普通と来ると、額を卓上に叩きつけたくなる。
こうも、見抜けないとなると。
同業者か?!!
『なあ、根を詰めると身体によくない。適宜に息抜きをした方がいい』
蜂蜜酒が勧められた。
アイヴァーさん自身が持ってきたものだが。
「なあ、この街は初めて訪れたんだが。どういった処かな?」
神の教義を囁く教会の徒は、旅人とはちょっと違う習性がある。
啓示に導かれたり、ふらっと足の向くままに歩き回っていた。
後輩は枢機卿から指示を得て活動しているようだけど。
ごく普通の歩き修道女や修道士は、道があれば歩き回る性分らしいのだが。
『そうかい! この街は初めてなのか。じゃあ、俺としちゃ新しく出来た知己の為に一肌脱ぐってトコかな。先ずは、この陽気。うん、実に暖かだろ!! 中央大陸は南方の保養地“バスラ”ってんだ。で――知己よ。結社の繋ぎじゃないお前さんは、一体何もんだい?』
怪しげな男の一定距離から離れれば、元の酒場に戻れた。
ある種の空間魔法なのだと理解はできるけど、納得は出来ない。
相変わらず、酔っ払いの魔術師くずれは壁の沁みに「旦那」と語りかけているけど。
それが何者であるかをアイヴァーさんは知ってしまった。
『つれないなあ~ デートの最中に席を立つなんて行儀が悪いと... いや。いい、興が冷めた』
アイヴァーさんの目の前。
壁から腕が伸びて、魔術師の首を掻っ切る。
『“金脈”の仇じゃない。が、敵対者には挨拶が必要だろ? そこでキミが来てくれた。あれの呪いは標的がひとつだけだ。商会長の席にある者の命ひとつ、実にシンプルだ。後は、分かり易い様に枝を付けて、誘導した。縁あれば、バスラで待っている』
聲と共に腕も消えた。
バスラ。
中央大陸の確かに南方にある街。
ナーシリーヤ藩国の第二都市。
その地からここラグナル聖国まで、どれほどの距離がある。
途轍もない魔力か術式か、宝力が必要だろう。
「あれも、敵なのか?!」