《蛇目》が奔る 2
卓上を挟むふたりの男。
ひとりは呂律の回らない酔っ払いで。
壁の沁みに向かって話してた。
もうひとりは《蛇目》のアイヴァーというオオカミである。
魔界から秘密結社排除のために界を渡った者だ。
◇
向かい合っても、酔っ払いの視線が交わらないのも不思議なものがある。
魔法の類で他者の顔を直視しないって呪いでもあるのかと。
そう疑ってしまう感じがするのだが。
『1杯、足らないな?』
今まで、気配と視線が無かった空間から急に、寒気が感じられた。
酔っ払いが“旦那”と呼び掛けてた沁みの、人。
「あ、え?!」
アイヴァーさんほどでも、急に席から立ち上がってしまった。
で、存在を知覚した相手に目が向く。
確かに壁に寄りかかった男があった。
「いあ、す、済まない。今、蜂蜜酒を...」
『こちらも驚かせてしまった、か。酒はこちらで用意しよう』
カウンターの主人に掌のジェスチャーひとつで呼びつけて、ジョッキが卓上に並んだ。
肴は、腸詰肉と雑な煮物が置かれてた。
いつの間にとは感じたけど。
主人の様子が違うのが違和感だ――「旦那、この1杯は?」
『ああ、今日も酒が飲めることへの感謝で、だな。神に捧げるものさ...今日は懐が温かい、今しがた知り合った知己の者にも、飯を奢りたいからな。もっと名物を持ってきてくれ、じゃんじゃんとな!!』
なんて言われたら、酒場の主人も腕が鳴る。
まあ、これで忙しくなった主人は厨房から出られなくなるから。
人払いは完了である。
『さて、我が知己となった友よ? ひとり語りの壁の沁みに酒を奢って、キミは何をしようとしてたのかな?』
《蛇目》アイヴァーさんは斥候のプロであると自負している。
その彼が今、キツネに化かされたような、呆気に囚われたような顔になって。
いささか事情が呑み込めていない。
「あ、えっと」
壁の沁み。
どこか声が震える、いやくぐもった音が重なってゆっくりと聞こえる。
そんな声音の男から壁の沁みと聞こえた。
酔っ払いの男が据わってた席は、見る限り空席で――その奥に人影のような沁みがあった。
目を何度も擦って自覚した。
「い、あ、お、俺も壁に?」
男は頷き、苦笑された。
まだ、理解に苦しむ。
どんなに魔術、魔法に長けていても。
その場で180度、世界が反転したような体験をしたら困惑する。
まるで鏡の向こう側へいったような雰囲気だ。
『吐くなよ、飲みすぎだとしても、な。修道士さん』
当たりは柔らかそうな雰囲気がある。
恐らくは腰も軽いだろうし、財布の方は羽振りが良さそうな雰囲気があって。
見た目は派手さが無いけど。
商人にも見えない。
『怪しくはないだろ? そうジロジロと。何を見てるんだい』
勘のいい嗅覚も持つ。
これは手ごわい相手だ。
アイヴァーさん自身の警鐘が聞こえた。