武王祭 5
「で、紅のぉ。面、貸してくんねえか?」
あたしの醜態に堪能し終えた“紅の修道女”は、ふやけた面で。
路地から路地へと流れてた。
お着替えショーが終わったあたしの方は、店のおばちゃんがタクシーよろしく馬車を呼んでくれて、その足で宿屋に送って貰えたんだけど。
後輩とかトッド君の事は、改めて宿屋の方で知ることになる。
この状況で、今、一番ヤバかったのは後輩の方だった。
なんで一緒に居てヤらなかったんだろうって。
あ!
そうか、送迎馬車で送られたんだった。
◇
「当方の名を知っているという事は、お知り合いさんですか?!」
身に覚えはない。
後輩の記憶力は悪い方じゃないけど、抜群という訳でもない。
まあ、フツウ?
その交流範囲でも...
目の前の女剣士に見覚えはない。
当然、声を掛けられてからずっと“?”が浮いてた。
こんな怖い人、知り合いだっけ、と。
「ああ、ワリィな...俺も声かけるのは初めてだわ」
知り合いじゃなかった。
これ、セーフかな。
「何がセーフだと思ってる?」
肩から提げてる大剣は片刃。
長さより形状に特徴がありそうな、仕込みか、からくりの類。
で、腰のベルトから提げられた方が厄介だと認識してる。
し、見えにくいけどポンチョ・コートの下にある肩ひもの短剣も――エグイと感じた。
「剣の心得みたいのは、あるんだな」
雑な所作にみえて、冷静。
荒っぽく動いてるのに、洗練さを感じる。
これは違和感。
「俺はセルコットちゃんの同期。首の...チョーカーは違うが、あの子の実力は“プラチナ”級だ!」
って、彼女はポンチョ・コートの襟元を見せる。
白金が使われてる部位は少なく、殆どは黒い皮革部分のベルトだけ。
首輪のベルト部分だって、金貨数十枚分の価値がある“灰大山羊”の皮が使われてた。
「ほう、これを見たのが初めてって感じの表情だな。...っベルト部分は」
「“灰大山羊”の特に柔らかい部分に丁寧な細工を施し、使用者全員に合わせてフルオーダーという手の入れよう。しかも、この材料となる大山羊は、禁漁時期にのみ専属、専門の狩猟隊が入ってと...ギルド内でも一番、金のかかっていると」
感心したように微笑み。
「よく知ってるな...俺は、その狩猟部隊に在籍してる。セルコットちゃんが、このチョークを身に着けるのをずっと待ってたんだが...なあ、紅。お前が邪魔してたんじゃあ、無いよな?」
「知り合いでしたっけ?」
で振出しに戻る感覚。
「いや、初めまして......だと、思う」
会話が途切れた瞬間に、
卓上の上に水が置かれた。
メイドさんの涙目に、
「お嬢さん、怖がらなくてもいい。俺は、ブラックコーヒーを」
勝手に注文して、彼女を席から遠ざけてた。
「同性への対処が上手いですね」
「そりゃ、冒険者だからね。この仕事、人見知りしてちゃあ依頼も熟せんだろ?」
ごもっとも。
まあ、あたしの仕事ときたら、ギルド長からの盗賊狩りだったから。
協会との長期契約は新鮮そのものだ。
何より、人を殺さなくていい。
「あ、勘繰るなよ! セルコットちゃんには指どころか、爪の先すらも浮世なんか流しちゃあいないぜ! 俺とあのこは親友だ!!!」
後輩の首に蕁麻疹が浮き上がる。
生理的にダメとも告げてた。
「ちょ、おま...」
「先輩、いや...姐さまが可愛くて、愛くるしくて、無防備で、美味しそうなのは寄宿学校にいた時から分かってます。そんで、添い寝したらすっごい甘えてくることや、すっごい甘い匂いがすることも! 当方の指先を舐める癖も!!」
卓上にあったコップが床に落ちる。
女剣士が卓の端を掴んで、前屈みになってた――ポタリ、ポタリと赤い滴が卓を濡らす。
「は、破廉恥な!!」
彼女には“あたし耐性”がなかった。




