暗殺者の矜持 3
なるほど、確かに依頼は多岐にわたる。
近所の井戸から水が出なくなったとか、汚水処理のアーティファクトの調子が悪いなんて依頼もあった。
とにかく日常的な“お願い”の方が多い。
「市民の声はバカには出来ないからね。若い連中は己の腕を磨くためにも、こういう雑務も熟して回るのさ。先ほどは大層なことを言ってしまったが、実のところ暗殺なんて物騒なのは稀なのさ」
エリートなんて持て囃されるも。
アイヴァーさんは諜報活動の方が長じてるし。
シグルドさんは新人スカウトに。
その他にも、こちらの世界に来ているであろう魔狼族は、路銀が乏しくなると。
乱破たちの巣に潜り込むのだ。
まあ、その為の施設と言っても過言ではない。
近くに人族の村があるけど。
そこらでは『森の奥の集落に行くんじゃないよ?! あそこには魔女がいるからね』なんて物騒な、話を子供たちや旅商人たちに聞かせているという。
「なんでまた?」
ああ、ひとつは脅し。
不意に迷い込んで、営みが見られると大変だからだ。
外見がヒトに化けられないような、同族もあるんで。
そうした保険だ。
が。
たまに退治しようと、冒険者が来る。
「そりゃ、そうだ!!」
「まさか?」
家人は肩を竦めて。
「大事ないってのは嘘になるけど、っすぅー、撃退しているね。後続が来る恐れがなければ口封じ、あれば記憶を溶かして帰って貰ってるのさ。単に消しちまうと、調査が来ちまうけどもね。記憶を溶かしちまうと、外見、アホになったように見えるだろ?!!」
アイヴァーさんが頷く。
シグルドさんは惚けてるけど、なんとなくは掴んでた。
もやっとだけど。
「外的な傷がなくても、この世界は神秘に満ち溢れている。おかげでこちらも姿が隠しやすい。未知なるものに遭遇してアホになったのだと、彼らは現状から憶測で察してくれるから、手出しされないんだ」
いくつかの依頼書を広げてた、アイヴァーさんが唸ってた。
「そんな方法が」
「あ、いあ、乙女神の従順な使徒になりうる冒険者を、極力傷つけないで帰還させる苦肉の策で。結社の毒牙の一端を担う連中には容赦はしなさんな!! これはあたしらの仕事だ。分かったら、仕事を選ぶんだよ!」
◇
シグルドさんは、今朝。
ハト小屋に届いた協力者勧誘の方――他の乱破が身辺調査をして、結社に恨みもつ若き“狼”だってことが分かったとか。あたしの時とは違うアプローチになるけど。彼のスキルなら、力強いパートナー獲得になるかも知れない。
アイヴァーさんは。
お使いクエストなるものをチョイスした。
「あんたほどの腕なら、調査依頼とか...或いは、新人教育とか出来そうな」
煙管をくゆらせる家人を静止させ、
「たまには。そんな、のんびりな仕事もいいかなってね」
隣の国に“ラグナル産チーズ”を届けるクエスト。
ただし、あの宗教国家では乳製品を扱ってないのがミソで。