暗殺者の矜持 1
シグルドさんらの動向をまるで忘れてた。
便りがないのは元気な証なんて、そんな言葉があるように。
虫の知らせもないのだから、彼らに万が一は起きていなかった。
が。
アイヴァーさんは軒差しの太い柱に頭を打ち付け。
なにか念仏めいた言葉をブツブツと唱えてた。
「気持ちのいいものではないんで、ソレ止めて貰っていいですか?」
両手で顔を覆いながら――
シグルドさんも詰んでた。
その軒差しの家人が引き戸を引いて。
「煩いからさ、中に入るなら、入るんだよ! 馬鹿たれどもが」
招き入れられた家屋。
土間と境に石積みがあって、奥へ板間がひろがる風景。
天井へと上がる白い煙と囲炉裏があった。
「靴は脱ぐんだよ?」
シグルドが土足で板間へと上がろうとしてたからだが。
◇
この家人は、魔狼族の乱破として魔界から、数世代にもわたって潜伏しているものである。
シグルドや、アイヴァーさんが訪ねてこなければ、だ。
数十年と待ち続ける日々を送る。
「どうしたよ? そんなシケタ面しやがって」
煙管の灰を、囲炉裏の中に落とす。
さて、どこから話したものか。
自分たちは追跡において天狗になるほどの自負があった。
奢ってたけど、しくじるほどの度の過ぎたモノじゃないとも思ってた。
が、結果的に。
「見失ったってか」
深いため息が家人から漏れた。
ふたりをして呆れたとかそういうものじゃない。
「結社の奴らが慎重になったんだよ、誇らしく胸を張りなよ」
おまえらの働きが認められたんだと、と。
結社とのつながりは短くもないし、太くもないが。
少なくとも表立って動かなくなったと。
家人は告げ、ハトが持ち込む依頼書を広げて見せた。
「拠点はココを使うといい。部屋は余ってるし、今はお前さんらのような、流れのオオカミどもは宿泊していないからな。ただし門限と連絡、そして朝飯だけはちゃんと食っていくんだ!! いいかい?これらの仕事は体資本っていってね。あんたらみたいな現場のエリートには耳タコくらいだろうけども、言ってくれるもんも少ないだろ?! だから、あたしが言ってやるんだ」
卓上には、木目の荒い皿に骨付きの肉と、粥のような芋が盛られてた。
「うちの畑とささやかな牧場で採れたもんさね」
肉は燻製にされた非常食のようで。
アミノ酸が浮いて白くテカッてる雰囲気。
素朴だけど。
アイヴァーさんががっついてた。
「この芋、うめぇー!!!」
吹かした芋を塩だけで練り潰したもんだ。
塩気の多い食事ではある。
「あんたらは蜂蜜酒でもいいんかね?」
至れり尽くせりだが。
「――この程度で任務失敗だといって、ニーズヘッグの旦那に泣きつかれちゃあ。一族の評価が駄々下がりしちまうからね。サポートする乱破がきっちり情報を集めて、次の目標を定めてやるから、あんたらエリートさんは英気でも養ってるといいんだよ! で、あたしらの下に舞い込んでくるささやかな依頼を熟してくれると、生活の足しにもなるんだがね」
まあ、そこが本音のようだ。