武王祭 4
祭りの真っただ中で起きた珍事件は、雑踏の中に埋もれた。
クリシュナムからきた三人の耳にも入らなかった。
これは幸いかも知れない。
「外見変異の薬の効果は現状、接種してから5時間までもつ。ただし外見が、完全に変異し終えるのには約、1時間30分という予備動作があるんだが......」
研究の全般は、和装の男が受け持っていた。
一応、彼は錬金術師でもある。
「では中央値は?」
喰いつくのは、館の実質の当主だ。
「2時間か3時間だ。ここに個人の素質が絡んでくる」
改良によって、効果時間は飛躍的に伸びた。
服用回数が限界値を越えない限りは、本来の種族枠から食み出すことは無い。
よって、魔法に頼ることなく安全に変身できる。
「個人差が気休めか」
「効果時間は飛躍的に伸びた。が、反作用は個人差でまちまちだ...特に依存度については、本当に個人差なんだ」
中毒による毒性効果に難がある。
求めない人もいれば、盗んででも欲しがるタイプもある。
そういうのは限界摂取量のタガも、無いに等しい。
「まあ、儂には1回でこと足りる」
「そうであって欲しいよ」
1回が厄介という話。
人にはそれぞれ、大なり小なりの“変身願望”がある。
旨い話ほどに下手の打ちどころも大きくなり、リスクは増す。
その変身願望は、ひとそれぞれの理性で枷がついてる。
ここにいい薬があるから――って言っても飲まない人間の方が多いだろう。
それが第一の関門。
1回だけだからってのは、無い。
ボーダーラインを越えた瞬間にタガが外れるのだ。
《何の躊躇なく1回でいいといったな、老体よ。それがお前の個人差だ!》
◆
はぐれたポール君は、あたしたちの宿に向かった。
女神正教会側で用意した、福音の耳鳴り亭という食堂。
その離れが宿屋として開業している。
というか、一般向けじゃなくて。
ポール君が入ろうとしたら、聖職者の方々から物凄く白い目で睨まれたという。
まあ、本人も何で?! と考えたという。
で、だ。
扉を開けた瞬間に飛び出してきた、純白の法衣姿の尼さんにグーで殴られたとか。
「うああああ!!!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい...」
殴り倒しておいて、謝罪も何もあったもんじゃない。
しかもヒールじゃなくて、カース。
呪いまでかける始末。
「死んでください、死んでください、死んでください」
だって。
その宿は男子禁制の修道女宿泊施設。
そりゃ、白い目で見られるわ。
お祭りの期間中だけ、神殿騎士団にも貸し出されるんだけど...その騎士団は皆、女性という。
まあ、いいや。
ポール君ほどの手練れが襲われたのは、不意打ちだったから。
しかも両手に買い物袋という手枷まであった。
これでは彼でも避けられない。
「何事ですか!?」
店主の神父が買い出しから帰ってきた。
店内は聖職者も多いけど、一般客もある。
それらに配慮して、ポール君が店の奥へ消えても追わなかった。
「し、神父さま!!」
神殿騎士の一人が取り乱している。
法衣っぽいのは鎧の下に着ている防具のひとつで、長衣に施された魔法は秘跡であると言われてた。
ま、詳しい事は分からないけど。
魔除けに成るんだとか。
あとは、神殿騎士らのたわわから、視認を阻害させる効果付きとか。
騎士とか言っても、普通に美味しそうな果実をぶら下げた女の子だからね。
鎧剥いたら、さ。
「この青年に何年分の呪いをかけたんですか!!」
「わ、わかりません。無我夢中で」
片手で顔を覆う。
見た感じでは殴られた傷の方が致命的に。
「先ずは相手が何者かであるかを確認なさい! この方も、どういう訳か協会のゾディアック・ソードマスターであられる。...本来ならばあなたの攻撃をいなせる筈ですが」
と言い終える前に、彼女は荷物を指さしてた。
「この珍獣がもってました」
――で、納得。
納得してくれたのだ。
あたしと、紅の関係者だってことを。




